
- 書名:ありふれたくじら Ordinary Whales
- 著者:是恒さくら
- 発行所:ELVIS PRESS
- 発行年:2025年
そのへんにいる鯨の話である。鯨はその辺にいるのである。
「ほとんどの種の鯨は季節のうつろいとともに北の海から南の海まで回遊する」ので、鯨は途上の国々と場所で様々な文化と遭遇し、それぞれに「鯨に関わる文化」を残していく。
それは食べるという文化だったり、祖先として崇めるという文化だったりとそれぞれ全く異なる関わり方から生まれて来た文化である。
著者・是恒さくらはこれまで、各地の鯨類と人の関わりや海のフォークロアをフィールドワークとして探り、エッセイや詩、刺繍作品として、本書のタイトルでもある、リトルプレス(小規模出版)『ありふれたくじら』を主宰し発表している。
本書はその第1号から第5号をあわせ再編集され、本人による刺繍が同時に掲載されている。日英バイリンガル版の書籍となっている。装丁以外のテキスタイル・アートワーク、編集、翻訳は本人による。
「ちりぢりになった布きれを縫い合わせ、刺繍をほどこし美しく生まれ変わらせるように、世界にちらばり時に諍いの元となる鯨にまつわる物語を集め、そのイメージを作り直すこともできるのではないか。本書では、さまざまな土地に暮らす人たちにとっての鯨の話を尋ねてまわる。そうして綴った物語に刺繍を添えて、本を編む。やがては一枚のパッチワーク・キルトのように、本書がまだ見ぬ鯨のイメージとなり、世界を包むことができるように。」
(本文より)

余談だが、捕鯨は岩絵などの記録から遅くとも約5000年前くらいには北極圏やノルウェー、ロシア沿岸などの寒冷地域で行われていたことが知られている。また、世界で最初に商業捕鯨を行なったのは11世紀ごろのバスク人だ。スペイン北部からフランス南西部のピレネー山脈西端、あのバスクチーズケーキのバスク地方である。そして17世紀になってアメリカや日本で産業捕鯨(肉や油、ヒゲなどの資源を、販売・食料などの商業目的として利用する産業)となっていった。
本書を出版したELVIS PRESSはこの本についてこう書いている
鯨という大きな存在の背中に乗って文章と刺繍でこの世界を編み直すような、壮大で繊細なこの試み。
ひとつ新しい視座を得るたびに、世界はまた豊かになっていきます。
この本を読むと、鯨類(クジラ・イルカ)全般のあらゆるイメージが総合された観念的で多分に理念的な「クジラ」像である”スーパーホエール”は浮かばず、<そのへんにいる鯨>のことを淡々と聞かされている感じがする。 捕鯨反対の立場をとる欧米などの国において思い描かれがちな、現実と乖離したクジラのイメージは霧散する。
これは「ありふれたくじら」の話なのである
岩手県石巻市の網地島という昔からの漁村には「くじらっぽね」という鯨を祀った石碑がある。この海にはミンククジラやマッコウクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラがやってきて、そこに暮らす元漁師のおじいさんは「鯨肉はよく食べた」「ミンククジラやナガスクジラは刺身で食べた」と言う。自分で解体もして「骨だけは使い道が無いから埋めた」らしい。その感謝と供養のために石碑があるのか?鯨は日常である。
同じ地域の長戸浜に古くから住む人は、鯨の油で練った小麦粉を揚げた「かりんとう」を食べていたという。鯨はやはり日常である。
アラスカ州ポイント・ホープに住む人たちはウミアックという伝統的な皮舟を漕いでホッキョク鯨を追う。そして昔ながらの猟で仕留め皆で分け合う。墓場には大きな鯨の顎の骨のある墓がある。クルーと言われる捕鯨チームのキャプテンの墓だという。そひてここには鯨の内臓膜でドラムをつくるドラマーがいる。
男鹿半島・鮎川浜のある家には<マッコウクジラの脳油>が残っていた。著者は火傷につけていた。そして航空機のジェット燃料にもなった、と言う話を聞く。確かに廃油の再生燃料は聞いたことがあるが、さすがにこれは、昔、潤滑油や工業用油として利用されていた歴史から、飛行機の燃料としても使えるのではないか、という誤解が生まれ、日常的に語り継がれてきたのではないだろうか。
著者の故郷、呉市の倉橋島にある音戸町。ここに最初の鯨の記憶がある。スナメリである。瀬戸内海の網代漁では、スナメリが餌となるイカナゴを追いかけ、イカナゴを目当てに鯛やスズキが海の深いところから海面近くに出てきたのを釣り上げるという漁だという。スナメリがいなくなったので網代漁は消えたと言う。クジラと共同で漁をしていたということか。
著者は「クジラやイルカは不思議なほど人の生活に入り込むことがある」と書いている。
自分がなぜこういう本を手に取るか。それはいま持っている、または塵が重なるようにしてできたイメージというものを壊したい、拭い去って今の肌の下の新しい皮膚を見てみたいという欲求があるからだ。その皮膚が想定外の色だったらと思いたいのだ。


Amazonやどこの書店でも入手できる本ではないのだが、独立系のネット書店ではどうやら人気本らしい。刺繍のアートがイラストレーションのように挿絵としてあるのもその理由かもしれない。と言ってもたぶんすぐに増刷されるような本ではないと思う。こういう本もあるということを紹介しておきたいのだ。

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。