謎の旨さ。謎だからこその旨さ。
子供の頃に食べた味は忘れられないという、想い出の料理は誰もが持っているものですが、私にとって「小松の焼きそば」がまさにそれです。たまの休みに父親が
「焼きそば食いに行くか」
と小松中華の名店「勝ちゃん」に連れて行ってくれました。その「勝ちゃん」の焼きそばというのは、なにやら独特のとろみがあり、ソース味ではなく、醤油?いや、塩味なのか?なんなら油味…?麺はプリップリと腰のある感じでは無く、ややしっとりとしている。ここまで聞くとそんな旨そうに感じられないのですが、その「勝ちゃん」の焼きそばたるや意味の分からない旨さでした。そして「焼きそば」と一緒に注文するのが「餃子」と「レバニラ炒め」。その他、調子が出ると「肉天」なんかを注文します。その「肉天」というのは名前のまま豚肉の天ぷらなんですが、からしと酢醤油を付けて食べるという、これまた最高に旨いやつなんです。もう日曜昼から父親と大のつく宴会状態となります。
私の地元、小松にはとにかく数多くの中華料理屋が存在します。(以下、個人的な見解ですが)人口比率から言っても「中華王国」と呼んでいいでしょう。「勝ちゃん」「清ちゃん」「珍香楼」が三大中華料理店として君臨し、そのほか数ある中華料理店は、概ねいずれかの血を引くお店なので、どこへ入っても旨いという図式。もちろん、各店とも違う味な訳ですが、それぞれに旨いというのが「中華王国」と言われる由縁です。もう、子供心に中華料理イコール旨いものというイメージが植え付けられていて、ある時、他の街で入った中華料理店が全くおいしくなくて、それがトラウマとなりそれ以来小松以外ではほとんど中華を食べる事が無くなったものです。
最近では「小松の焼きそば」も「塩焼きそば」などと言って売り出し中ですが、正直もう一つピンと来ません。「塩焼きそば」ってどこにでもあるし「小松の焼きそば」はそれこそ何味でもない。「塩焼きそば」なんて万人に寄せず、もっと自信を持って「小松の焼きそば」と謳って欲しいと思うのです。
その愛すべき「小松の焼きそば」も、それそれのお店の世代交代や料理人の移り変わりなどで、子供の頃食べたあの味を味わえる店も少なくなって来ました。そんな中、昔から変わらずその味を提供し続けてくれているお店のひとつに「紅蘭」があります。
店の外観は正直、素人が入ってはいけない雰囲気を醸し出していますが、一歩中に入ってみれば、やや強面のご主人と優しいお母さんのコンビネーション。なんともいえない懐かしさがあります。
カウンターに置いてあるメニューに目をやりながらも、注文するのはいつも決まっていて、「餃子」「レバニラ炒め」そして「焼きそば」。
その「焼きそば」は、注文を受けてから麺を茹で、それから、もやしなどの野菜に、豚肉などを大きな中華鍋に放り込み「ガッコンッ、ガッコンッ!」と音を立てながら降り炒めます。焼きそば一つに意外と手間がかかっています。この注文を受けてからの茹で上げだと多くの客を回す大型店では出来ないかも知れません。とりあえず、その「焼きそば」の出来上がってくるのを待つのに丁度いいのが「餃子」。その「餃子」こそ、個人的に小松でここが一番うまいと思うのです。グラスにビールを注ぎながらお母さんの焼いてくれた餃子を食う。いや~至福のひとときです。
実は餃子のレシピこそ、秘伝のもので、その店その店の味だと言います。
どの店も修業を積んで開業するわけですが、焼きそばや炒飯なんて言うものは、料理しながら憶えられますが、餃子に限っては、入っている具材や調味料など、その内容はその店その店で独自のもの。「紅蘭」のご主人が料理を覚えた先では、その餃子のレシピだけは最後まで教えてもらえなかったと言います。それこそ勤め上げた最後の日に急にレシピを教えられ、メモを取る事出来ず必死で覚えて帰って書き留めたそうです。やはり秘伝のレシピはそうやって引き継がれるものかも知れません。
小松の中華も沢山ありますが「勝ちゃん」「清ちゃん」「珍香楼」、さらには「珍龍」「南栄」などなど…。どこへ行ってもそれぞれに旨いんです。そんな中ひいきの店はそれぞれ自分の中にあって、今の私なら「紅蘭」が一番です。控えめな店ですが「紅蘭」好きは結構周りには多いんですよ。開業して34年。いつまでも元気でこの味を作り続けて欲しいものです。
本格中華を味わいたいなら横浜や神戸、さらに全国各地おいしい店は沢山あります。結局のところ何が旨いのか分からないのですが、小松でしか味わえない中華がここにあります。ぜひ一度小松に来て「餃子」と「焼きそば」、さらに調子に乗って「肉天」なんかを食べてみてください。