2020.04.26

料理人の家ごはん
episode1

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キャベツの千切りをする髙木慎一朗の手

流行りの疾患のおかげで営業自粛を余儀なくされ、夜は早々と帰宅することになった。その道すがら、ふと気がついたのだが、何日も続けてこんな早い時間に帰宅するって初めての経験だったのだ。

なにせ社会人になってから20余年というもの、1日十数時間仕事は当たり前、休日は月に3、4回もあれば上等だったという黒塗りのブラックな生活を続けてきた。もちろん週休二日は未だに経験はない。そんな料理人が早く帰宅して家で一体何をするのだろうか。

当初は夕方から酒を飲んだり、テレビを観たりしていたが、すぐに飽きてしまい三日と持たなかった。優雅に見えたライフスタイルも、いざやってみるとそれほどでもなかった、ということだろうか。

そして、ほどなくして夕飯を作るようになった。結局、家でも料理することになったのだ。

4月某日。

17時半に帰宅。さて、何を作ろうかと考えて、冷蔵庫を開けて食材を物色。すぐに目に飛び込んで来たのが、銭屋の冷蔵庫にあった余り物の能登牛ロース。営業自粛した翌日に持ち帰っていたやつだ。余り物とはいえ、銭屋クオリティの食材だから美味しくないわけがない。

シンプルに焼いても充分美味いだろうが、なんとなく家ごはんぽくない感じがしたのでやめておく。他に何か、と探していると野菜庫でキャベツを見つけた。「キャベツか」と手に取った瞬間、無性に千切りキャベツが食べたくなり、即決定。

実は私、千切りキャベツには思い入れが深い。

京都での修業時代、まかない(吉兆ではバンザイと呼んでいた)を担当する先輩の手伝いでよく千切りキャベツを作っていた。初めの頃は厚すぎたり、厚さがバラバラだったり、時間がかかったりして、「素人みたいな仕事すな!」「さっさと終わらせて、道具直しとかんかい」と関西弁で散々叱られたものだ。

おまけに(190cmを超える長身なので)調理台も低くて、腰や膝は痛くなるわ、余計な仕事は増えるわで、キャベツの千切りは少しも好きではなかった。ところが、続けているうちに徐々に上手になってくるから不思議なものだ。

「あれ、少しずつ上手くなってきてるんじゃないか?」と自分で思うようになってくる頃には、先輩から叱られる頻度もいつのまにか減っていた。そして、数ヶ月経った頃には「吉兆一のキャベツの千切り」と心の中で自称するようになっていた。今思えば、いわゆる天狗である。

ところが、実際のところは予期せぬ結果が出ていたのだ。繊維を潰さぬように和包丁で細胞を鋭角に切断された食材は、その断面の角が綺麗に立っていて、美しく、そして美味しい。その技術はキャベツのみならず、すべての食材に対して通ずるものだ。キャベツの千切りは、私にいつの間にか和包丁での刻みものの技術、そして和包丁の基本を身につけさせてくれたのだ。

つまり、私の料理人としての始まりはキャベツだったのかもしれない。そう回想していると、呑気な表情でやってきた長男Kと目が合った。

「そうだ、こいつに千切りを見せてやろう。」

夕飯作りというミッションは既に頭から消えていた。

→episode2へ続く

石川県金沢市「日本料理 銭屋」の二代目主人。
株式会社OPENSAUCE取締役

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