今現在、新型コロナウィルスの真っ最中である。飲もうにも外に出歩けない。
こんな時だからこそ、家での日々の生活を充実させたい。
ソムリエでもない私は、ワインの詳しいことなど知らない。ただのワイン好きとして、私の好きな「日常ワイン」を語ろうという算段だ。
日常ワインなのだから高価いのはいけない。
高くても4000円以下。しかも大体、1000円代、2000円台のワインであってほしい。土曜、日曜に飲むには最適な価格である。
なにより必須条件は、美味しいこと。
そして減農薬、減酸化防止剤のものであること。
そんなものがこの価格帯で存在するのか?
世の中は、値段だけでははかれないものが沢山あるのだ。
ワインの味がわからない人などいない
ワインというと、高そうだとか、味の違いがよくわからない、というイメージを持たれる方がいる。そんな時、予備校で日本史を教えていたときに受けた質問を思い出す。
日本史が苦手な学生は決まって、「どの時代も同じっぽい」と言うのである。墾田永年私財法も御成敗式目も同じに見える。頼朝も尊氏も同じっぽい。
ワインに関しても、これに似た言葉を耳にすることがある。
「ワインの違いがよくわからない」「全部同じに思える」
歴史が好きな人と嫌いな人との違いはなんだろう?
違いがわかる、わからないの差はなんだろう??
信長、秀吉、家康の違いは大方の人はわかるだろう。
歴史好きな人というのは、最初に好きな人物が誰かいて、そこから社会背景やつながりなどを知って、段々と詳しくなっていく。
人に対する興味から入るのが一番近道なのだと思う。
いきなり石見国とかアルザス地方とか言われてもわからない。寒いの?暑いの?いきなり問注所や鎮西奉行といわれても困る。Et alors? (それがどうしたの?)という話だ。
私は、ブドウの品種やワインブランドに詳しいわけではない。しかし、造り手に関してはそれなりに詳しい自信がある。
「◯◯が好き!」というのと全く同じで、ワインの作り手で買う。その人のファンだから買う。
いわゆる推しメン買いなのだ。
ジャッキー・プレスという人
今回オススメしたいワインの造り手は、ジャッキー・プレス氏。
ジャッキーさんの顔を芸能人で喩えろといわれたら、私は片岡千恵蔵とかジャン・ギャバンと答えたい。
ジャッキーさんのワイン蔵(ドメーヌ)は、フランス・ロワール地方のトゥーレーヌにある。
16世紀、『ガルガンチュア物語』を書いたフランソワ・ラブレーが、ロワール渓谷を「Le Jardin de France(フランスの庭)」と呼んだ地である。ロワール地方は温暖な地域であるためにバラエティに富んだワインを産する土地としても有名だ。しかし、ロワールに行ったことがないのでどれだけ温暖なのかを私は知らない。完全な知ったかぶりである。
このジャッキーさんのドメーヌでオススメなのは、白ワイン。
このエチケット(ラベル)にマスケット銃(火縄銃)の撃鉄が描かれているが、これは彼の畑に火打ち石がゴロゴロしていることに因んでいる。
※ご覧のとおり、輸送用段ボールにもマスケット銃。
元々、プレス家はこの地で火打ち石商として富を築いた一族で、ワイン作りを始めたのは1966年。割と最近のことなのだ。
そうした土地から生まれる白ワインは、火打ち石的というか、燻した感じのあるスモーキーな出来上がりになる。火打ち石の土壌で育ったからといってそんな味がすることはないという科学研究はあるし解明もされているのだが、やはり飲んでみるとスモーキーなのだから仕方がない。
ドメーヌ・プレスを代表する一本はやはり『SILEX』。フランス語で火打石の意味。
まさにドメーヌ自身を表した代表的な一本である。
お値段、2,800円ぐらい。
白ワインを形容するときにいわれる「ミネラル感」の中でも、ジャッキーさんの白ワインはかなり特徴的な味と香りがする。
一言でいえば、スモーキーかつフローラル。
ハマグリやなどの貝類や、鯛などの刺身、天ぷらの時にジャッキーさんの白ワインが欲しくなる。小籠包などの点心にもよく合う。
某有名グルメ漫画では「和食とワインを合わせるなんて味のわからないやつだ」とワインと和食の取り合わせを悪し様に言われているが、それは合わせる酒によるから一概には言えるまい、と私は思うのである。
他人に悪く言われようが、合うと思ったらそれでいい。
森鴎外だって、饅頭を米の上に載せて茶漬けにしたものが好物なのだが、自宅の飲み食いでとやかく人に言われるいわれはないのである。
火打ち石だらけのこの土壌で育った赤ワインも、どこか白ワインっぽい。
夏の暑い日に、ビールや白ワインを飲み飽きてきたあたりの赤ワインとして真っ先に私の頭に浮かぶのはこの「ヴァランセ」である。
赤ワインは濃いものだというイメージが、ジャッキーさんのワインを飲むと裏切られる。
実にさらり、つるり、とした味わいと飲み心地。
果実味も豊か。口当たりはまろやかなのに、赤ワインのしつこさがない。
うだるような暑い夏の日。ビールも白ワインも飽きた頃、ジャッキーさんの赤ワインを少し冷やして飲むのがおすすめである。
お値段、約2,300円。
フランス自然派の先駆者
ジャッキーさんのワインは自然派として知られている。
農薬を極力使わないリュット・レゾネ農法でブドウを育て、かつての日本酒の造り酒屋がしていたのと同じ蔵付きの天然酵母を用いて発酵させている。
酸化防止剤も醸造から熟成の間で一切添加しないし、品質保護のために極めて少量にとどめている。
これが自然派ワインといわれるものだ。
減農薬、減酸化防止剤の自然派ワインは、二日酔いになることがない。
そんなジャッキーさんのドメーヌでは或る珍しい白ワインが作られている。
品種はフィエ・グリ種(ロワールではSauvignon Grisソーヴィニヨン・グリともいう)。
あまり耳慣れない品種である。
フィエ・グリ種とは白ワインの主流品種ソーヴィニヨン・ブランの先祖にあたるともいわれる古い品種のこと。今ではフィエ・グリ種を育てているワイン農家は極めて少なくなった。
というのもフィエ・グリはソーヴィニヨン・ブランに比べて実付きが悪く、収穫量が少ないので作る人がいなくなってしまったという品種なのだ。
しかしフィエ・グリは古木になればなるほどソーヴィニヨン・ブランにはないコクと上品さが豊かな深い味わいになる。このドメーヌのフィエ・グリの木は樹齢100年以上の古木。これが美味しくない筈がない。
そんな宣伝文句を聞かされると、アラア、お高価いんでしょう?と思われるが、価格は大体2,600円程度。
これぞ日常のワインに相応しい。
そんな自然派ワイン界の伝説的人物・ジャッキーさんだが70歳を期に2015年に醸造から引退した。
現在は息子のパスカルさんが継いでいる。
今、私の手元にある2016年のドメーヌ・プレスのワインを飲むとき、
「ああ、これがパスカルさんが2代目を継いでからの最初のワインか」と、思いを馳せる。
ワインの造り手を思いながら、その時間を共有するという愉しみ方がワインにはあると思う。時間を飲むという愉しみ方が、間違いなくワインには存在している。
私は、だいたい数日に一食しか食べない。一ヶ月に一食のときもある。宗教上の理由でも、ストイックなポリシーでもなく、ただなんとなく食べたい時に食べるとこのサイクルになってしまう。だから私は食に対して真剣である。久々の一食を「適当」に食べてなるものか。久々の食事が卵かけ御飯だとしよう。先に白身と醤油とを御飯にしっかりまぜて、御飯をふかふかにしてから器によそって、上に黄身を落とす。このときに醤油がちょっと強いかなというぐらいの加減がちょうどいい。醤油の味わい、黄身のコク、御飯の甘さ。複雑にして鮮烈な味わいの粒子群は、腹を空かせた者の頭上に降りそそがれる神からの贈物である。自然と口から出るのは、「ありがたい」の一言。