- 書名:いぶり暮らし
- 著者:大島千春
- 発行所:ノース・スターズ・ピクチャーズ
- 発売:徳間書店
- 発行年:2014年 2016年7刷
同棲漫画のハシリは上村一夫の『同棲時代』だろうか。林静一『赤色エレジー』だろうか。いずれにしても70年代のことだ。80年代は柳沢きみおの『翔んだカップル』、そして紫門ふみ『新・同棲時代』か。同棲漫画というのは人生の予備校時代を描くようなものであろうか。そこそこの大人の同棲話はない。ただの同居とされる。
しかし、時代は「燻製×同棲マンガ」だ(かもしれない)。『いぶり暮らし』はカフェの女性店長と年下のアルバイト青年の同棲物語だ。よくある、2人のトラブルを食が解決するといったこじつけ作品かと思ったが、そうでもないのだ。もっと淡々としているのだ。賛否はあるが。
燻製が趣味(贅沢な時間、というらしい)になってしまった二人が、たまご、チーズとソーセージ、燻製たらこのツナディップ、アジ、燻製キーマカレー、簡易ベーコン、子持ちししゃも、枝豆とベランダで燻りながら(第1巻)、ささやかな2人の食卓で「おいしい日曜日」を過ごす話なのだが、上村一夫の世界のように悲しみへ落ちていかないのが現代である。他愛無く時が過ぎていくのである。
二人は同棲3年になるが、お互いのことを完全に分かり合っているわけではない。違う家庭で育ったことによる生活スタイルの違いもある。週に一度の同じ休日に二人で買い出しに行き、二人でその食材を干し、水分を飛ばして「燻す」。(燻製が仕上がるまでの)待っている時間が、一番おいしい、という80年代広告コピーのような世界で、少しずつ分かり合っていく。
全九巻も続いているので、どこが評判なのか、カスタマーレビューを読んでみたら意外とアンチコメントが並んでいた。
「燻製の描写はいいけど人物描写は酷い」「燻製でつくる料理は美味しそうだが年下男が好きに慣れない」「時間の無駄。全体にに単調で変化に乏しく楽しめなかった」「ノロノロした描写にイライラする。燻製しない自分には何が面白いのかわからない」
うーん、そうなのか。漫画とはなんなのかを考えさせられる。ポンコツキャラは出演もできない(笑)。良いコメントは・・
「ほんわか、うまそう、何気ない毎日を大切にしている。疲れた人は読んでみて」「とてもホッコリした作品。燻製と料理」とかヒューマンドラマとか…重点を置くのではなく、(良くも悪くも)広く浅くテーマを取り上げた作品を堪能するという事が苦でない人、且つこういったホッコリしたヒューマンドラマが好きな方には、とても良い作品」
うん、まあ、そういうことだよね。よく言えば2014年に企画した漫画だし。この漫画にアンチで書き込みをしなければと思った人ほど、燻製を始めてみたらどうだろうか。「待ってる時間」が寛容さを育ててくれるのではないか。
同棲において共同作業の趣味があるだけで未来が見えるように思えて、70年代の同棲漫画で絶望感を食らわされた者にとっては実にホッとするのである。その趣味が「食」というのも現代的かもしれない。10年近く前の作品とはいえバイト代が出たからとラーメンに生卵をトッピングする昭和の時代ではないのだ。実際の貧しさは現代の方が厳しいとは思うが。
それよりもHACCPによって、食の安全性と品質管理が向上しても設備投資ができず「いぶりがっこ」を造っていた老夫婦が製造をやめてしまうようになっては本末転倒だよなとか、自家製というのも、小さなメーカーと共存できるといいなぁともこの漫画を読みながら考えた。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。