- 書名:68歳、ひとり暮らし。きょう何たべる?
- 著者:大庭英子
- 発行所:家の光協会
- 発行年:2022年2月初版 9月第4版
このタイトルは、目にした人によって随分と捉え方が変わる。急に一人暮らしになった人が困って購入するかもしれない。自分の親のことを考えて手にする娘(息子)さんがいるかもしれない。でも「じぶんのための料理を愉しむ」工夫が詰め込まれているのがこの本だ。
著者、大庭英子はプロの料理家である。じぶんと同じ高齢組である。同じくひとり暮らしである。なのでこれは自身のひとりごはん生活から生み出したきっちり整理されたアイデアとバランスを考えた料理メニューのメモだ。同年代のひとり暮らし民へのお裾分けでもある。
そしてこの本は、ひとりご飯の楽しみを伝えてくれる本である。料理に興味を持たず高齢になった人、特に男性にはややハードルが高いのかもしれないが<ひとりごはんが作りたくなる工夫>という項目が最初にあるように、専門家である著者の視線はそうでない人たちにやさしい。食材のロスを少なくひとりで食べることが嫌にならない楽しくなる工夫を書いた本である。
前文で「ひとりごはんのいいところは、その日の気分やお腹の具合で、自由に献立を決められること。(中略)たまに少し高級な刺身や肉を買えるのも、ひとりだからこそですよね」と著者は書いている。
野菜を千切りで保存する方法、アボカドは加熱する、保存できる自家製ポタージュの素、豚バラ薄切りは肉は出汁、切り干し大根は一袋まとめ戻し、魚介は野菜と一緒に調理、青背の魚は2食分買う、練り製品は使い方次第、「時間がたってもおいしい煮物、油揚げで主菜も副菜も、時間がない時の卵炒め・・・これらのテクニックは忙しい主婦向けということではなく、あくまでもひとりご飯のためにある。目的は<食事や料理がめんどうにならない>ためである。めんどうだと思わなければ楽しくなる。
これらの保存や調理テクニックで、せん切りキャベツと豚しゃぶ、ミックス野菜のすまし汁、ミックス野菜と刺身の生春巻き、焼きなすとひき肉のエスニックサラダ、アボカドの味噌汁、ごぼうポタージュ、切り干し大根のはりはり漬け、トマトのカリカリ豚肉ドレッシング、塩もみ白菜と豚肉のスープなど70品ほどのメニューを教えてくれる。すべて自分がおいしいと思ってつくっているものである。
仕事柄、芸術的な食の世界に触れることも多いが、年寄りも子供も独りで食事を取らなければならない世界は拡大しているように思って、どうしてもこんなタイトルの本には目がいくというのもある。しかし、この本にはそんな孤食への憂いを忘れさせる、おいしい癒しがある。文章からはシンプルだが食材への思いが伝わる。
「つやつやとした深い瑠璃色、食感、味・・なすが大好きです」とまっすぐに書かれると、ああ、なす料理が食べたいと思ってしまう。
お腹を満たすのは量だけではない。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。