- 書名:ちゃぶ台の昭和
- 著者:小泉和子 編
- 発行所:河出書房新社
- 発行年:2002年初版 2018年新装版初版
渋谷西武百貨店の間を起点とする井の頭通りの代々木深町から先が広くなるまでに何十年もかかったが、特に深町の交差点から代々木上原に向かう途中に開発最後まで残っていた中古家具屋があっった。バブル崩壊前後なぜかちゃぶ台ブーム(昭和レトロな飲食店舗で使われたり、一人暮らしの若者が好きな色に塗装して使っていた、と思う)というのがあって、どこから集めたのか店頭にはいつもちゃぶ台が大量に置いてあった。買われていったあのちゃぶ台たちはどこかにまだあるのだろうか。
そういえば、サザエさんの家のちゃぶ台は直径何センチだろうか。
団地ブームがちゃぶ台をダイニングテーブルに変えたが、清水市という地方都市に暮らしていた昭和40年生まれのさくらももこはちゃぶ台ではなくダイニングテーブルでもなく、座卓で育った、のだろうと思っている。漫画(アニメ)に出てくるちびまる子の一家の食卓風景は磯野家のそれとは風景が違う。
違うのは、磯野家では親や歳上に向かって言い訳や軽口を叩きながらも絶対的家庭内ヒエラルキーがあること。基本的にちゃんとしているのだ。しかしながら波平は家父長権を振り回したりしない。さくら家はそこが若干崩壊している。父親からは時折、都合が悪くなると不条理な発言も飛び出す。おじいちゃんはやや情けなく、おばあちゃんは優しく、母親は強く愛情深い。(そこが笑いを呼ぶのだが)ある意味、さくらもも子は時代の変化を織り込みたかったのかもしれない)。しかし、どちらも「一家団欒」、家族は一つであるということを基本としている、のだと思う。そして、その<貧しくとも家族が一つになっていた時代>の中心にはちゃぶ台があった。
この本は編者(著者)の小泉和子氏によって、この昭和のちゃぶ台にどんな料理が並んだのかを自身や関係研究者の寄稿によってまとめられている。若い料理人を目指す人たちには読んで置いてもらいたい。懐古趣味ではなく、食の歴史には背景があるということを知ってもらいたい。
ちゃぶ台には、必ず、白菜やたくあんの漬物があった。戦前には身欠き鰊、切り干し大根、蕗やちくわ、いもからの煮物、五目煮豆が並んだ。著者の家ではご馳走の代表は精進揚げだった。そしてライスカレー、五目寿司、おこわ、お節料理。戦時中は「いかに食い延ばすか」がテーマになり、疑米といった麺で作った米などもあった。
食料逼迫の時代、ハコベからバッタまで食べ、その紹介記事が雑誌記事に載った。昭和50年代にカレーとハンバーグが国民食となり、登場したファミレスの人気メニューは「かあさんやすめ」でカレー・サンドイッチ・ハンバーグ・焼き肉・スパゲティ・麺類と言われた。
ちゃぶ台に集うことから外食というファミリーイベントがお楽しみとなり、ちゃぶ台はダイニングテーブルへと移っていった。
「ちゃぶ台」については漫画家のいしかわじゅん氏、他も丁寧に考察をまとめている。平成生まれの人たちが社会の中心で活躍する時代。この時代に自分が繋がっている認識をもっていければ良いと思う。答えが書いていないものを読み解く術を磨くにはこういう歴史を探るのも大切だ。
ちなみに磯野家のちゃぶ台は直径120cmは必要だと思う。磯野家の冬は炬燵になるが、それもかなり大きい必要がある。長方形だが。
補足:小泉和子氏は1933年生まれ。女子美大を出て家具メーカーに勤めたのち、東大工学部建築学科建築士研究室で日本家具、室内意匠史を研究し博士号を取得。自身が住んだ家(登録有形文化財)を昭和のくらし博物館(東京都大田区)として公開している。
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出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。