2023.01.30

世界の富裕層を魅了する
「日本酒」の常識
【私の食のオススメ本】

  • 書名:世界の富裕層を魅了する「日本酒」の常識
  • 著者:久保順平
  • 発行所:日本経済新聞出版
  • 発行年:2022年

本書のテーマは<日本酒(SAKE)が世界でもっと飲まれるには何が必要か>である。そして、元ファンドマネージャーの蔵元自身の目線で歴史を振り返り、現場取材・分析した本であり、SAKEブランディングの参考書でもある。ただし、久保順平氏の一つの結論も含まれるので、SAKEビジネスに関わる読者はさらなる検証のための参考として読むべきだと思う。

著者、久保順平氏は1961年の奈良県生まれ。84年金沢大学卒業後に大手銀行に入行し、3年後ロンドン支店に赴任。預かり資産8兆円のファンドマネージャーとして活躍。94年33歳で退職し大手酒造メーカーの下請けをしていた実家である奈良の酒蔵へ。自社ブランド開発に舵を切り300年の老舗酒蔵の改革を成功させた。現在、久保本家酒造11代目蔵元(株式会社久保本家酒造 代表取締役)。

本書はまず「日本酒は外国人からどう思われているのか」を海外で日本酒に関わる人たちにインタビュー。そして世界で造るSAKEは投資対象になるかを元ファンドマネージャーの眼もをもって現状分析。獺祭がNYヤンキースのスポンサーになったり、私が2018年に訪ねたNYの小さな酒蔵「Brooklyn Kura」が八海山と提携したりとマーケティングにもさまざまな動きがある。

次に本書では「日本酒酒蔵にはなぜ老舗が多いのか」に着目、「日本酒と日本の歴史と文化」をさぐる。風土にあった麹菌の話、、食生活と日本酒についてなど、ブームで商品を作る世界ではないことを確認した。

「日本酒と蔵元の話」では醸造の過程を分かりやすいが詳細に、流派の違いも教えてくれる。これは英訳版をつくったらいいのにと思うほど。さらに「蔵元が考える日本酒の愉しみ方」では、ワインに比べて米・水・麹菌・酵母速醸酛・山卸廃止酛・生酛などのファクターや風味を決定する要素が複雑で多い日本酒は判別が難しいのだが、一般の人にも役にたつアドバイスがあって楽しい。

最後に著者と酒造りのテーマでもある「完全発酵」をそれぞれの流儀で行なっている8酒蔵のインタビュー取材がある。少ないページではあるが、それぞれの蔵が積み重ねてきたものの上に進化、変革を行なっている様子がわかる。取材先は「山形 鯉川酒造」「埼玉 神亀酒造」「静岡 杉井酒造」「大阪 秋鹿酒造」「広島 竹鶴酒造」「鳥取 山根酒造場」「福岡 杜の蔵」そして著者の「奈良 久保本家酒造」。

著者はSAKEブランディングにおいて「世界で勝負するには熟成酒」という答えを持っているのだが、元銀行マンとしてはそのバランスシートから製造の難しさも書いている。

世界中に日本酒の酒蔵ができ増えている。われわれ日本人は今のうちに日本酒とは何かを知って、土地土地の良い酒を選び、応援すべきだろう。でないと、日本酒が日本の酒で無くなることもなくはない。

巻末に「全国厳選酒販店リスト」があるが、北陸が抜けているので気がついたのだが、厳選リストというよりは自社の取引先酒販店に気を使ったものではないかと思う。厳選の説明がないので面白い本だけに少し残念。久保本家酒造のお酒が買える店で良かったのではないだろうか。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。