2022.10.03

きよし農園「ヘタ紫なす」で
未来につなぐランチ会開催

9月17日、A_RESTAURANTにおいて、ひとつの野菜をフィーチャーしたコース料理を提供するランチイベントが開催されたメインの食材になったのは6月下旬~10月上旬がシーズンの希少な加賀野菜「ヘタ紫なす」。コラボレーションしたのは多田 礼奈氏代表の「きよし農園」。A_RESTAURANTにおいてもひとつの食材でコース料理をつくり上げるという初めての試みとなった。

photo: Toshimitsu Takahashi

A_RESTAURANT入口の「きよし農園」とのコラボ案内
「きよし農園」代表 多田 礼奈氏

里山の自然を守る農業をめざして

多田 氏は金沢市出身。兼業農家で定年退職後から本格的に農業に取り組んだ亡き祖父の「伝統野菜のヘタ紫なすを守りたい」という思いとともに、23歳の時に農園を引き継ぎ、2016年にその祖父の名を冠した「きよし農園」を創業し代表となった。

同時に金沢農業大学校で2年間研修を積んだ。卒業後には認定農業者の資格を取得。創業した「きよし農園」で伝統的な加賀野菜の「ヘタ紫なす」そして「金沢ゆず」「しろねぎ」を主品目に低農薬・有機肥料による野菜づくりを行ってきた。

多田 氏はコースの初めにゲストに向けてこう話した。
「ヘタ紫なすは栽培が難しく手間がかかることから生産者は私のところ以外に一人しかいません。生産量が少なく市場にあまり流通しないため知ってもらえる機会も少ないのです。」

過去、多田氏は農業をやる理由についていしかわ起業小町の取材にこう答えている。

──「美味しいものをつくりたい」というひとことに尽きます。人は本当に美味しいものを食べると、ほっとした気分になり、心が満たされます。それが食物が人に持たらす最大の恩恵だと思うんです。そのために、化学肥料や除草剤は使わず、天然素材を配合した肥料を使用し、手間ひま惜しまず作物を育てています。除草剤を使うと土壌中のいい菌も死んでしまい、いい土にならない。環境に負荷をかけず、自然を守ることも作物の美味しさにつながります。しんどいけれど、ここは譲れないところです。──

金沢市浅川地区にあるきよし農園の畑はきれいな水と豊かな土に恵まれ、たくさんの生き物と共生している。この環境を維持することがおいしさにつながる。そのためにも里山の自然を守る農業をめざしているという。

また、きよし農園と多田氏は野菜をつくるだけでなく、地域を盛り上げることにも積極的に取り組んでいる。「金沢ゆず香るん祭」の企画開催。「ヘタ紫なす」の新たなおいしさを発見し広く発信してもらうために、農園の中にテーブルセッティングをしコース料理で提供する「夕焼けレストラン」などが評価され、2019年のいしかわ女性基金による「いしかわ女性のチャレンジ賞」を受賞している。
さらに里山活性化、農業生産者の地位向上のために分野を超えてつながりを広げ、幅広い活動を展開しているのが多田氏である。

料理で「きよし農園」を表現する

「ヘタ紫なす」に魅せられコース料理を考案したA_RESTAURANTの今(こん)料理長

A_RESTAURANTの料理長である今 英之シェフは「きよし農園」との出会いからこの日のコラボレーション・メニューについて次のように話した。

「最初にヘタ紫なすの生産者の多田 礼奈さんを紹介いただき、お話を聞くことができました。土壌を分析し、不足している要素を補いバランスを整え、化学肥料や除草剤は使用せず天然素材の肥料を使うなど、微生物を増やし土をフカフカにする。そのことで野菜などが元気に根を張れる土づくりをされていました。時間も費用もかかる土づくりのこだわりや様々な活動も含めて多田さんの農業への熱量を感じ、感銘しました。

また、偶然にもレストランの取引先の八百屋さんともつながりがあったので、すぐに取り寄せて食べてみたのですが、通常のナスとは比較できない味の濃さと甘みがあり、これは美味しい!と。

同時に、稀少な生産が大変な加賀野菜をあの若さでつくっていることに、なぜだろう!?という疑問が生まれました。また、多田さんの真っ直ぐで明るい人柄にも惹かれ、多田さんがそこまで情熱を注ぐヘタ紫なすの魅力を知るためにも料理でコラボしてみたいと思い、お声がけしました。

ヘタ紫なすは糖度が6度〜7度もあり、熱を加えると、きめ細い果肉が詰まっているためにもっちりとした食感になります。実際にどの様に食べるのが美味しいか、多田さんと質問や確認のやりとりをしてメニューを考えていきました。

きよし農園の圃場にも伺い、現地の空気や水や土に触れると、素直にその風景をメニューに落とし込みたいという思いが生まれました。そして料理に取り入れようと現場からなすの葉や、土や、石を持ち帰ってきたんです。

拘りのひとつとして、水は野菜を育てた現地の医王山(いおうぜん)という標高939メートルの山塊からの伏流水、ミネラル豊富な湧水を汲んできて使いました。出汁を取り、料理のペアリングとしても提供し、最後のデザートまで使用しています。

生産者の顔が見えて、野菜(ヘタ紫なす)が見えて、景色が見えて…という順番で、最終的にコースメニューを決めていきました。」

スクリーンには収穫の様子など、きよし農園が映し出されていた。写真:編集部

完成した「ヘタ紫なす」のコース

農園をイメージに選曲されたカントリーミュージックが流れる中、はじめにテーブルに運ばれたのは、この日使用される食材の要素をPreludeと称してそれぞれ一口サイズで味わえるお皿。

Preludeは提供されるコース料理の味の予告編
医王山という山塊からのミネラル豊富な湧水はペアリングにも。写真:編集部

一皿目の前菜「土と香り」 先付
「きよし農園そのもの」を表現。きよし農園のそばの湧水に浸した石、畑の土、ヘタ紫なすの葉を一皿に添えて。
焼き茄子を葛粉と合わせて饅頭に仕上げ、ナスの形に再構築。トリュフの「香り」を添えた。

土と香り/森のGIN
葛の饅頭として再構築された焼きなすはゲストがピンセットで皮を外す。写真:編集部

森のGIN 前菜2皿にあわせたノンアルコールドリンク
金沢(湯涌)の山で採れた柚子のピールや実山椒をボタニカルに使った自家蒸留ノンアルコール GINをトニックでFill up(グラスいっぱいまで満たす)し、炙って香りを引き立てたローズマリーが飾られている。製作:Barman 竹下哲広

森のGIN

茄子のサングリア アルコールペアリング
ソムリエ垣内大樹が自宅での夕食時、焼き茄子とロゼワインがとても相性が良いことを発見。ここではロゼワインをベースに茄子を漬け込んだサングリア用意された。料理のねっとりとしたヘタ紫なすの食感に合わせるため、オリーブの葉のお茶をワインに漬け込んでコクと旨味を出している。製作:ソムリエ垣内 大樹

先付にあわせた「茄子のサングリア」 写真:編集部

二皿目の前菜「あわいろ」 温菜
豚の出汁、エビの出汁、鰹出汁を合わせたお椀のお料理。身崩れせずきれいなヘタ紫なすの色を残すように和食の技法で調理されたヘタ紫なす。細切りの野菜。フカヒレ。爽やかな青柚のゼスト(果皮)。

あわいろ(温菜)

「野摘み」 魚料理
料理人が見た「きよし農園」の収穫の風景を表現した一皿。油でさっと揚げた真鯛、ヘタ紫なす、マッシュルーム、エシャロットをじゃがいもの籠に詰め込んだもの。横に添えたウニのエスプーマソースでいただく。

honeycomb ハニカム。「野摘み」にあわせたノンアルコールドリンク
料理の要素に合わせて黄色の香りと木の香りを表現するため、蜂の巣をイメージしたモクテル。カモミールやエルダーフラワーといったハーブにスパイスのブラウンカルダモンやハチミツを加え、“蜂の巣かじったらたぶんこんな味”を表現している。製作:Barman 竹下哲広

野摘み/マジックアップル

「山の命」 肉料理
炊いて下味を染み込ませた北海道滝川産合鴨のローストをヘタ紫なすのピューレでいただく。バルサミコのソースがアクセントに。

魔改ウエルチ 「山の命」にあわせたノンアルコールドリンク
肉に合う赤ワインのイメージでブドウジュースの「ウェルチ」を”魔改造”したとのこと。様々なハーブ、スパイスをインフューズし、蒸留による濃縮させた一次側の溶媒を酵母で一次発酵させている。濃厚なブドウと複雑で奥深い味わいだが香りは「ウェルチ」、という一瞬混乱するブドウジュース。

山の生命
魔改ウエルチ

「旨味の凝縮」 食事
濃縮された牡蠣とナスのピューレでお米を炊き上げ、桜味噌で深みのある味わいに。横には季節にちなんで菊花の泡が添えられている。

チーズ焼きナス 「旨味の凝縮」にあわせたノンアルコールドリンク
牡蠣や味噌でしっかりとした味わいの食事に、チーズと薬味を合わせようと考えられたペアリング。ウォッシュミルク(タンパク質を取り除き透明にする)に焼いたヘタ紫なすをマッシュし、ナスの皮からナスニンを抽出し色と香りを出し、梅やミョウガで爽やかな薬味感を加え、“サッパリ“と”コク“を両立させたモクテルとして合わせたもの。製作:Barman 竹下哲広

旨味の凝縮/(ドリンク)チーズ焼きナス

「デザート」 ヘタ紫なすを余すことなく食べてもらいたいという思いからパティシエが考案したもの。生クリーム、焼いたヘタ紫なすのアイス。カシス漬けとショコラ。焼きなすの皮の蒸しパン、ラングドシャ、黒糖クッキー。
製作:パティシエ 清水 孝徳

ヘタ紫なすを余すことなく使ったデザート

生産者×レストラン

テーブルでは生産者でもある多田代表との交流も行われた。

多田氏は最後に「A_RESTAURANTの皆さんのおかげで自分も知らなかったヘタ紫なすの魅力を引き出してもらえ、とてもいい機会になりました」と語った。

伝えようとしなければ消えてしまう食の世界は限りなくある。伝えることで食べ物の新しい命や未来を創り出すことも可能だ。これからもこのような生産者との取り組みは、食を未来に伝えるA_RESTAURANTにとっての重要なミッションになっていくだろう。

今英之料理長(前列左)多田礼奈氏(前列左から2番目)ソムリエ垣内大樹(前列右から2番目)Barman竹下哲広(前列右)パティシエ清水孝徳(後列左から2番目)本文中記載者のみ

text: Joji Itaya