2022.07.06

森朝奈 共感ベース思考【私の食のオススメ本】

共感ベース思考 表紙

  • 書名:共感ベース思考 IT企業をやめて魚屋さんになった私の商いの心得
  • 著者:森朝奈 株式会社寿商店2代目
  • 発行所:KADOKAWA
  • 発行年:2022年

その昔プランナーが企画で使った「感動」というコンセプトはいまも健在のようだ。驚いたことに80年代に使いまくった「ワクワク」というワードも回り回って各方面で使われている。

顧客数を拡大させるのではなくファンを増やす、ファンの入り口にいる人をファンにする、ファンになった人をコアなファンにするという<ファンベース>という考え方が個人店規模でもずいぶん根付いたように思う。

しかしいま、個店や小さなECサイトを爆発させるワード、いや素人から商売を始める<人たち>の気持ちに刺さるのが『共感ベース』なのかもしれない。<戦略として>の感動でも<雰囲気だけ>のワクワクでもない<リアル>な「共感」。それはよりコアなファンベースを構築し、「仕事はなんのためか」の答えをよりシンプルに着地させる。

『食のおすすめ本』的結論から書いておくと、個人的にはこの本は個店とか事業を始める人に薦めるというより、飲食業の現場で働く人、若いリーダー的な人たちに読んでもらいたい。「仕事をするということは何か」がわかるのではないだろうか。

新卒で楽天に入社、魚屋を営む実家の父親の健康問題のため1年あまりで退職し、家業を継ぐべく実家に就職し、この思考ワードで多くの顧客を得、「魚屋の森さん」で27万人のYouTubeフォロワーを獲得し、ECサイトを成功に導いたのが著者=森朝奈(敬称略)である。

サブタイトルに「IT企業をやめて魚屋さんに・・」とあるが、1年じゃIT企業にいたって言えるのかと突っ込む人もいるかもしれない。(まあ、本のセールスワードに使っていることもあるだろうが)辞めた理由は前述したが入社した理由もある。

それは、大学時代、父親の「家業のECサイトに人が集まらない」という相談に答えられなかったことだ。小学校の卒業アルバムに将来の夢は「親のあとつぎ」と書いた森朝奈は実家を継ぐ予定だと面接で答えた。これからのビジネスを実践で学んで家業に役立てるという考えも伝えていたらしい。それでも採用された。

森朝奈は中途半端に残ることを否とし、「こんな自分を入社させてくれた恩返しもできない」ことを心残りに退社する。

そんな、小さい頃から<巨大ブリ解体ショーをする父親がヒーロー>だった著者は、成長して家業に入り、FAXなどのアナログな注文をWEBに置き換えた受注システムを導入する。その合理化によってミスとロスを無くし、得た時間を現場の体験で得た「信頼の発信」に費やす。

著者は体験から学ぶ。
1万人よりアクティブな100人。YouTubeだから子供に魚の魅力が伝わる。YouTubeでも対面でも魚屋の伝え方は同じ。情報発信のねらいはファンになってもらうこと。自信をくれる「自分の仕事」の見つけ方。私だからできる方法ではチームを維持していけない。スタッフを生かす土台づくり。魚の仕入れは目利きの技より人とのつながり。理屈が正しくても共感がなければ人は動かない。軸となる価値観はチーム全員で共有したい・・・

YouTubeで、手際よく(実に楽しそうに)14.5kgのブリや、13kg超えの大鮸(にべ)を捌き、巨大あんこうの吊るし切りにも挑戦する。さらに大型のシマアジを開いてフライにし、山間で養殖されるチョウザメを調理しててみせる。妹とブリ丸ごと1匹食いの制覇も見せる。

「もっと魚に興味を持ってほしい。もっと魚を好きになってほしい」という気持ちを様々な場所に出向き<ワクワク>と<感動>をもって発信しているのである(もちろん店舗に於いてもだ)。この行動は<ファンベース>の入り口と出口となる。

この本には、なぜそういう気持ちなったのか、何がきっかけだったのかが独白のスタイルで綴られている。その若い著者の独白は「共感は顧客と売り手の間だけではなく、働くチーム内にこそ必要なのだ」と言っているように感じた。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。