2019.09.15

落語の食 「味噌蔵」 江戸時代の酒の肴たち

田楽

落語の演目をご紹介しながら、登場する食べ物を紐解いてみる連載です。

居酒屋や小料理屋で、好きな酒の肴をひとつ選べ、と言われると、実に人それぞれ違うものです。

マグロぶつ、玉子焼き、焼き鳥、もつ焼き、アジフライ、タタミイワシ、馬刺し、唐揚げ、ポテトサラダ、タコさんウインナー、ホヤの酢の物、野菜いため、カニクリームコロッケ、鮭とば…
と、実に十人十色。

それは、居酒屋文化が根付いている今だけではなく、食文化の華開いた江戸時代でも変わらないようで…。

落語には、庶民の食べ物の話題がよく出てきます。
四百年の間、口伝で残ってきた噺たちは、時代時代の観客の五感を刺激し続けてきました。

中でも、食べ物の話題は、美味しそう!と思えるように演じられることで、現代にまでその存在を残しています。

名作落語「味噌蔵」

今回は、「味噌蔵」という噺について。
桂三木助、立川談志、柳家小三治など名人が演じています。

演目の通り、舞台は味噌の蔵を持つお屋敷。
蔵は、お金持ちの象徴です。

ここの旦那さんは、しわい人(どケチ)で有名。

どケチな人のことを、吝嗇家(りんしょくか)、しわい屋、赤西屋、六日知らずなんて言います。

赤西屋というのは、いったん蓋を閉めたらなかなか開かない赤西貝から来ています。

六日知らずというのは、一日、二日、三日、四日、五日…までは指折り数えられるけど、六日からは握った手を開かなくちゃなんねえから数えられないということになります。

そんな、ドケチな人の話。

帰り道、薪が一本落ちている。
一軒の主が薪を拾ってぶら下げて帰るなんてのはあまり見栄えがよくない。
足で蹴っ飛ばしながら屋敷に帰ると、最後のひと蹴りで、硝子障子をガラガラガッシャーン!と割ってしまう。

薪一本を持ち帰るのにこれだけの硝子を割ってしまい、これは大きな損害だ…と思うと、う〜ん…と気を失ってしまう。

近所の人たちが心配して集まり、水を飲ませたり、いい薬を飲ませたところ、ようやく目を覚ます。

よかったよかった、今、高い薬を飲ませたら気がついたんですよ、と聞くと、
「え、高い薬を?私が?飲んだ?…う〜ん…」とまた目を回してしまう。

そこへ帰ってきた息子が、「お父っつあ〜ん、今飲んだ薬はタダだよ〜!」と呼びかけると、また「う〜ん」と目を覚ます。

他にも、入費がかかるからとおかみさんをもらいたがらない、親戚の薦めでおかみさんをもらっても、子供ができると入費がかかることを考えると…などケチなエピソードには事欠かないケチ兵衛さん。

下駄の鼻緒が切れたといえば、鼻緒は半纏の紐にしろ、台座は焚き付けにしろ、という始末。

そんな、しわい屋のケチ兵衛さんのお屋敷のお話。

主のケチ兵衛さんがおかみさんのお里へ出かけることになり、お付きの定吉や、留守番の使用人たちに事細かに指示をします。

「重箱の大きいのをひとつ持っていきなさいよ。」
「かしこまりました。ご商売物のお味噌をお土産に…」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ。向こうへ行けば、ご親類が大勢いて、ご馳走が出るそうだ。
出たご馳走を、お重の中に詰めてしまえ。何年ぶりかでお前たちのおかずができるじゃねえか。
下駄はなるべく悪いのを履いていって、帰りに間違っていいやつを履いて帰ってこい。人間は少しくらい泥棒根性がないとえらくならねえ。

「留守中は、一番の身上の味噌蔵が火事になるといけねえから、目塗りをしとくように。」
「へい、では用心土を…」
「用心土なんて間に合わねえ、商売物の味噌で目塗りをしてしまいな。」
「もったいのうございます」
「もったいねえことがあるか、あとで乾いたやつをはがしてお前たちのお茶漬けのおかずにするんだ
「なるほど、無駄のないことで…」
「ではお前たち、番頭どんの言うことを聞いて、留守を頼むよ!」

「いってらっしゃい!」
「いってらっしゃい!」
「いってらっしゃいまし!」
「いってらっしゃいまし!」

※用心土とは
火事が起きた際に、蔵に火が入らないよう、また火が広がらないように隙間をうめるための土。

無事に主のケチ兵衛さんを送り出した奉公人たち。
番頭さんに、折り入って相談をします。

「ご当家にご奉公にあがりまして何年となく経ちます。ご飯におかずというものをつけて頂いたことがございません。
商売物の味噌汁ばかりでございます。味噌汁というものは世間一般、実が入ったものに心得ますが、ご当家のお付けは実が入っていたことがありません。こないだ、珍しくタニシが入ってましてね、それも二つですよ。

しめたなと思ってかき回したら溶けちまいました。タニシなんてそんな溶けるもんじゃありませんよ。おかしいなと思ってよく考えてみましたらね、朝のお付けがいくらか薄かったんですな。私の目の玉が2つ、映ってました。これがタニシに見えた。驚きましたねえ…」

番頭さんに、窮状を直訴する奉公人たち。

「今夜は、旦那もお帰りになりますまいから、番頭さんのおはからいで何か美味しいものを食べさせていただきまして、その入費は帳面をドガチャカドガチャカに…」

「おいおいおいおい、ちょいと待ちなさいよ。旦那のいない留守を預かる番頭だよ。
番頭に向かって帳面をドガチャカにしてうまいものを食わせろとは何たることを言いなさるんだ!

…お前さんたちが言わなくてもあたしがその了見だ!」

番頭さんもグルになり、旦那のいない間に宴を開くことになります。
今も昔も、鬼の居ぬ間に洗濯という状況はあるものです。

ここからが、美味そうな料理のラッシュです。

「酒は買うべし、小言は言うべしだよ。ふだんみんな猫をかぶってるけどいける口だろ?
私だって今日あたりはさ、旦那はいないし落ち着いて一杯やりたいと思っていたところだ。
みんなでひとつ、やりましょう。
腰を落ち着けて飲む段になると、肴は好きなもんでいきたいな。好き嫌いはあるでしょうから、順々に言ってもらいましょう。
甚助さん、何がいいかおっしゃい。」

「あたくしはガブガブいただきます。」

「酒はたくさんある。なんでも好きなものをおっしゃい。」

「あたしはね、お酒を頂くとなんにも食べられない、すこーししか頂けないから…」

「おっしゃいな。箸をつけなくてもいいから、他の人が言いにくいから、何でも好きなものをお言いなさいな。」

「そうですか? あんまり頂けないんですけど、じゃあお刺身を取っていただきますかねえ」

「お刺身かい?」

「ええ、それに、ちょいとこう酢の物がありましてね。それでこう、塩焼きがありましてね。うま煮がありましてね。てりやきがあって、串鳥があって、卵焼きがあって天ぷらがあって、他にウナギのどんぶりの二つもあればもう、なんにもいただかなくても…」

「いただかなかないよ… ひとり一品にしなさいよ一品に。じゃあお刺身ね。お隣は?」

「えー、酢の物を願います」

「本寸法だな。お次は?」

塩焼きをどうぞ。」

「定石通りだねえ。その次は?」

「えー、さつまいもを願います」

「…飲むんだぞ?」

「ええ、飲むんですけどね、あたしは昔からさつまいもが好きでしてね。
さつまいもを山と積みましてね、これを眺めながらチビチビ…」

「嫌な酒だねぇこりゃ… まぁ好きなら仕方ない、権助おまえもご馳走してやる。なんでも好きなもの言いな。」

「あんれ、すまねえな。そんだらおらぁ、シシとってもらうべな。」

「あんまりものすごいもんを注文するなよ。獅子とってくれたって、鉄砲もなにもありゃしねえ。」

「そんなシシでねえシシよ。まんまさ上に、魚さ乗っかった、シシ、マグロのシシ!」

「はぁ…マグロの寿司ね。シシというから穏やかじゃない。寿司と言いなさい。こりゃ三人前くらい取らないと足りないだろう。彦どん、お前は。」

「えー、田楽を頂戴いたします。」

「変わった注文ですな。木の芽田楽といって春先のもんだが、まだ田楽はありますまい。」

「横丁の豆腐屋に田楽ありと書いてございます。わたくし、子供のうちから田楽が好きでございまして。」

「いや、これは面白いね。おなじ味噌を扱ったものだが、また田楽となるとちょいと口が変わってね。あたしも嫌いじゃないんだ。どうです、田楽。嫌いな人はないかい?大して高いものじゃないからこれはみんなで行こうじゃねえか。
チョロ松、お前にも好きなものをご馳走してやる。なんでも食べなさい、鍋焼きうどんでもお汁粉でも、みつ豆でも。

でな、お刺身に塩焼きに酢の物、これは大きな器に一つ盛りでいいだろう。塩焼きなんかも、鯛を食べてみたいと思うんだ。それから、一番しまいに豆腐屋へ行って田楽をあつらえるんだ。

これはあつらえ方が難しいよ。いっぺんに焼いて持ってこられると、飲んでる人もあるしすぐに食べる人もあるし、冷めてしまうと美味くもなんともねえ。お手数で恐れ入りますが、二、三丁ずつ焼いて持ってきてもらいたい。二、三丁焼けたらあとからどんどんどんどん持ってくるようにして。
じゃあ、おまえは使いに行ってきて、支度にかかりましょう。」

久しぶりで飲む酒ですからすぐに酔いが回りまして、始めのうちは都々逸かなんかを小さい声でやっていましたのが、どうです、ひとつ小唄をお聞かせしましょうなんてのが皮切りになりまして、威勢よくひとつ相撲甚句をやろうじゃねえか、挙句の果てが磯節かなんかてドンチャカさわぎ。

…そこに、重箱を忘れてきたことに小言を言いながら、主のケチ兵衛さんが帰ってきてしまいます。

店の異変に気づいたケチ兵衛さんが節穴から中をのぞいてみると…
中では、旦那の陰口に華が咲いての大宴会。

「あのしみったれの旦那がいない留守にこれだけのご馳走を並べて、この入費を帳面をドガチャカドガチャカにした番頭さんの働きは、あっしはエライ!と思って…」

主がこれに怒ったのは言うまでもない。

「あきれけえった奴らだ…」

「旦那がもしお帰りになったら、鯛の塩焼きを目の前に出しゃいい。旦那は塩焼きつったらイワシしか知らないよ。あのぐらいイワシの好きな人はいねえ。自分の婚礼のときもお頭付きはイワシがようがすね!ってイワシでごまかしちゃった。
これ見てごらん、噂に聞いたこれが鯛の塩焼きか!って気づいたら、旦那そのまま人事不省におちいるね。寝床へ運んじゃって、あくる朝おはようございます!って旦那なんか夢をごらんになったんじゃありませんか、つってドガチャカドガチャカに…」

「あのぐらいドガチャカが好きなやつはいねえな。おい!開けてくれ!」

「どなたでございますか。お買い物なら明朝お願いしますよ。」

「…威張ってやがる。甚助!わたしだ!」

「あっ!番頭さん!旦那さまお帰りですよ!イワシの塩焼きお帰りです!!あたしは腰が抜けて…」

「彦どん、大きな器は懐に入れて、酢の物の上に座ってしまいなさい!」

お店はてんやわんやの大騒ぎ。

「番頭さん、大変に結構なことをしてくれてありがとう。あたしはね、こんなことをしてくれとお前に頼んだ覚えはないはずだ。話は明日つけましょう。お前さんも、赤い顔をしているようだ。そんな赤い顔をして、ご近所で事があったときに役に立たねえ。役に立たねえ人に起きててもらってもしょうがねえ。断っておくが、これだけの入費はぜんぶ、お前たちの給金から差し引くから、中には一生働いても一銭も手に渡らねえ人もあるかもしれねえから。決して帳面をドガチャカにさせねえから!
…これだ、鯛の塩焼きだ。さっきいっぺん、里で見てたから目を回さずに済んでる。
初めて見りゃ回しますよ。冗談じゃねえ、あきれけえった奴らだ…」

怒り心頭の旦那のもとに、戸を叩く音がします。

「こんばんは!こんばんは!」

「どなたでございますか。お買い物なら明朝願います!」

「焼けてまいりました、焼けてまいりましたよ!」

唯一心配していた、火事が起きたと思った旦那。

「また悪いときに焼けてきやがって… どうもご親切様にありがとうございます。どこから焼けてきましたか!」

横丁の豆腐屋から焼けてきました!

「いまそんな様子はなかったんだけど…これだから近所に大火をつかう店があるとあぶねえ。どのくらい焼けてきましたか!」

「二、三丁焼けてきました!」

「大きいねこりゃあ。今、開けますから!」

戸を開けたところで、味噌の焼けた香りがぷーんと入ってきて、主はひとこと。

「しまった、味噌蔵に火が入った」

…というお話。

田んぼの祭りから生まれた「田楽」

なす田楽

好きな酒の肴について、これだけ羅列できるのも日本ならではなのではないでしょうか。

ブラック企業云々と喧しい昨今ですが、労働基準法などない江戸時代でも、貧しい奉公人たちはなんとかして隙をみては美味いもの、好きなものにありついていたのかもしれません。

現在、田楽、味噌田楽というと、ゆでたコンニャクに串をさして味噌を塗ったものを想像する方が多いでしょう。

当時の田楽、ここでいう木の芽田楽とは、茹でた木綿豆腐に、木の芽味噌を塗り焼いたものを指します。のちに、焼いて味噌をつける料理法として田楽が広まります。

「田楽は昔は目で見、今は食ひ」

もともとは文字通り、田植え作業のさいに、豊作を祈る祭りを指す言葉でしたが、江戸時代の時点で、食べ物の名前になっていました。

江戸のベストセラーレシピブック「豆腐百珍」でも、
「木の芽田楽、温湯を大盤にたたへ、切るも串にさすも、その湯の中にてするなり。
やわらかなる豆腐にても、危うく落ちるなどのうれへなし。湯より引き上げ、すぐに火にかかるなり」
と、料理のポイントを解説しています。

江戸の末期になると、こんにゃくを入れた「おでん」が広まりますが、これもまた、田楽がもとになっているわけです。

田んぼで楽しむ、という原風景から、全国にあるコンビニにも置かれるおでんにまで連なる食農の歴史を感じます。

これから開業のA_RESTAURANTに、KNOWCHで農業体験をして、奉公人たちのご馳走を食べる1日コースメニューができたら楽しいですね。

WRITER Yuhei Nakai