2024.09.12

小林まさる『人生は、棚からぼたもち!」

  • 書名:人生は、棚からぼたもち!
  • 著者:小林まさる
  • 発行所:東洋経済新報社
  • 発行年:2019年

本書は料理研究家であり、シニアのカリスマとして知られる小林まさるさんによる自伝と料理のことと人生語録。著者小林まさるさんは、70代後半から料理研究家としてスタートするという珍しいキャリアの人だ。本書が刊行されたのは86歳の時。2024年、91歳になった。

著者も「料理は最高のボケ防止」というが、自分は日ごろ、全員にやってくる高齢者人生のために#老人は料理をしなさい、とあちこちで書いたり言ったりしているが、こんな高齢で料理研究家になった老人は知らない。

NHKの朝の番組の料理コーナーで、料理研究家・小林まさみ氏のアシスタントをするバンダナを巻いた著者の姿を目にした人も多いだろう。まぎらわしいのだが一字違いのまさみ氏はまさるさんの長男の奥さんだ。OLだった彼女は結婚間も無く料理学校に通い、平野レミ氏のアシスタントとなりその後独立した。

まさみ氏がOL生活と学校通いをしている間、定年で引退していたまさる氏は家の食事を引き受け、そこから料理に興味をもった。この時点ではまさるさんの方が料理の腕は上だったらしい。

その後、独立したまさみさんの料理本撮影を手伝ったことをきっかけに、まさるさんは料理研究の世界に。

1933年樺太生まれの小林まさるさん。それは、わりかし波瀾万丈の人生だったようだ。修理工の父親がロシア(ソ連)に捕まり家族ともども日本に帰れなかった。食うや食わずの子供時代を送る。14歳の時には真岡(サハリン州ホルムスク)のニシン工場へ強制徴用され働かされた。絶えず食べ物のことが頭から離れない。空腹がどんなに恐ろしいことかを知る。

「人間は3日食べなくても大丈夫だと言われることがある。たしかに、いまの時代ならそうかもしれない。しかし、普段から食べたり食べなかったりの状態を続けていて、そこから3日食べなかったら危ない。すぐに逝っちゃう」

まさるさんらしい「逝っちゃう」という軽い言い方が恐ろしい。

「うまいものが死ぬほど食いたい、たくあんで白い飯が食べたい、って何回思ったか」

これは戦争中や終戦時の話だとしか思わない人も多いかもしれないが、いまの世の中、紛争地でなくたって、日本中にもこんな思いをしている子どもたちや大人もいる。子ども食堂がなんでこんなに必要なんだろう。

まさるさんは三井の鉱業学校へ入り最終的に三井鉱山に入社。研修で炭鉱の機械を見て回るためにドイツへ。ホームステイした家でソーセージやビール、ラプスカウス(ジャガイモを茹でて、肉と酢漬けのビーツなどを混ぜてマッシュしたもの)やヒューナーフリカッセ(鶏肉の生クリーム煮)などを食べる。フランスやオランダにも出かけ現地のうまいもの、うまい酒を知る。

その後、結婚するも離婚し、シングルファザーとなる。転職し再婚した奥さんが腎臓で入院。朝ごはん、弁当、晩ご飯を家族のためにつくる。餃子やハンバーグの肉は自分でミンチにした。20種類以上のスパイスも用意し料理に励んだ。まさるさんの料理の腕はここで培われる。

そんな著者は88歳の時にYouTubeで「小林まさる88チャンネル」も始めている。高齢でありながらもポジティブに生きる姿勢が多くの人々に共感を呼んでいる。本書では、家族と料理を通して見つけた彼の人生観や、日々の生活の中で感じる喜び、そして自分らしい生き方について語られる。

「60歳までは人生の下ごしらえ。それをどう調理していくかは60歳から始まる」

「何でも面白がって楽しめば、世界が広がる(ただし、何でも思いつくまま話すと周りにうっとうしがられるので注意)

「残りの人生、温め直せばまだまだ楽しめる」

「たかが買い物、されど買い物」

「運を呼び込む人は、食べ合わせと同じ」

「冷蔵庫の中はアイデアの宝庫」

「誰かが不機嫌になったら好物の料理をつくってあげよう」

「人間関係は、ほどよいさじ加減で」

「料理は頭と体のトレーニングになる」

「料理は定年後の人生を活き活きさせる、最高の趣味になる」

「いろいろな料理を食べられるいまの時代だからこそ、昔ながらの日本の家庭料理を食べて、原点に立ち返ってみよう」

様々なかたちで食を提供することを仕事にする人は、食べる側の「人生」にも思いを寄せる気持ちをもつことが必要だと考えさせる一冊。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。