
晩秋、風が冷たくなり始める頃
韓国の家庭では、霜の気配を感じる頃になると、自然と人の心がそわそわし始める。
それは【キムジャン(김장)】の季節が近づいた合図。
キムジャンとは、冬を越すための一年分の白菜キムチを仕込む一大行事。
今でこそソウルなどの都会では見られなくなった風習だが、田舎では今でも続く伝統行事だ。
冷蔵庫がなかった時代、冬の間に手に入る野菜は限られていた。
だからこそ、秋の終わりに最も甘く育った白菜を使い、家族の命を支える保存食としてキムチを大量に漬ける必要があった。

家族総出、夜明けから始まる一日
当日の朝はとても早い。
祖母が最初に起床。粉唐辛子を確認し、母は前日に塩漬けしておいた白菜を洗い始める。
父や叔父たちは、大鍋でアミの塩辛や魚醤を温め、子どもたちは皮をむいたニンニクを運ぶ。
家族全員が大事な『役割』を担っている。
キムジャンの日は、労働であり、儀式であり、家族の伝統行事だ。
大きなタライを囲み、赤いヤンニョムを一株一株の白菜に塗り込めていく作業は
無言でも、笑いがあっても、皆んな真剣な場だ。
「今年も無事に冬を越せますように。」
そんな願いが、自然と手に込められていく。



そして、仕事の合間の特別な“ご褒美”
すべてが真剣で重労働だからこそ、キムジャンには特別な楽しみが用意されている。
通常は「ポッサム(茹で豚)キムチ」や「即席の浅漬けキムチ」だ。(余談だが、わたしは
この浅漬けキムチが一番の好物で、白ご飯が本当に良く進む。)
そして海が近い地域によっては、獲れたての岩牡蠣【クル(굴)】を使った生キムチ。
冷たい海から揚がった朝獲れの牡蠣を軽く洗い、唐辛子・にんにく・大根・青ねぎ・
少量の魚醤でサックリ和えるだけ。発酵させない、その場で食べるキムチだ。
これは保存食ではない。「今日、この瞬間だけ」の贅沢。
一年分の重労働を前に、あるいは途中で一息つくための、自然からのご褒美。
牡蠣のプリプリとした食感とミネラルを豊富に含む甘塩っぱさ。唐辛子の辛さ。
そして巻いて食べる白菜キムチの瑞々しさが口いっぱいに広がると、誰もが口を揃える。
「やっぱり、キムジャンの日のキムチが一番だね!」


分け合うことで、完成するキムジャン
漬け終えたキムチは、自分の家だけの特権ではない。
ご近所に少しずつ分け、手伝ってくれた親戚にも持たせ、年配の一人暮らしの家にも届ける。
キムチは、漬けて終わりではなく、分けて完成する。
だからキムジャンは、単なる料理ではなく、
「家族」「地域」「季節」をつなぐ大事な伝統行事そのものなのだ。
現代でも残る“記憶の味”
現代社会の韓国では、冷蔵庫も物流も発達し、一年分を漬ける家庭は随分と減ったと聴く。
それでも、
「キムジャンの日に食べた、あの牡蠣キムチ」
「赤い手で笑い合ったあの日」「家族とともに過ごしたあの瞬間」
その記憶は、多くのキムジャン経験者の中に、冬の匂いとともに残っている。
岩牡蠣の即席キムチ(굴 겉절이/クル・コッチョリ)レシピ

※キムジャンの日の「ご褒美キムチ」
材料(2〜3人分・その場で食べ切る量)
- 生食用の新鮮な岩牡蠣……150〜200g
- 大根……5cmほど(細めの千切り)
- 青ねぎ……2〜3本(3〜4cmに切る)※大根や青ねぎは、有ればで大丈夫です。
- 唐辛子粉(粗挽き)……小さじ1〜2(辛さは調整)
- にんにく……1片(すりおろし)
- 生姜……少々(にんにくの1/3程度)
- ナンプラー または アミの塩辛……小さじ1
- 塩……ひとつまみ(牡蠣の下処理用)
- 砂糖……ひとつまみ(入れなくても可)
- ごま油……数滴(地域・家庭差あり)
作り方(発酵させない)
- 牡蠣はお米のとぎ汁でやさしく振り洗いし、ぬめりを落とす
- ザルにあげ、水気をしっかり切る
- ボウルに唐辛子粉、にんにく、生姜、魚醤、砂糖を入れ、軽く混ぜる
- 大根と青ねぎを先に和え、最後に牡蠣を加える
- 潰さないよう、さっくり混ぜる
- 味を見て、必要なら塩で微調整
- 器に盛り、好みでごま油を数滴たらす
時間の経過とともに牡蠣の水分と臭みが出る為、作ってすぐに召し上がる事をお勧めします。
沖縄にルーツを持つ父親と、韓国人の母との間に産まれ、幼い頃から日本食とは一風変わった食卓で育ちました。
転勤族の父親に付いて、全国津々浦々に移り住み、グルメな母親の影響で週に一度は外食をしていました。
それでもやはり、一番好きな食事は母親の手作りです。母も小まめに料理を作り、夕飯の家族一緒の団欒はかけがえのない想い出です。
今でも月に一度の頻度で、田舎の特産品や母親手作りの常備菜が届きます。
そんな私が、もう永住するしかないと決めた大好きな街、金沢。
其処から全国、ひいては全世界に向けて食のあり方を発信することが出来る私たちの会社を誇りに思い、末端ながらお仕事出来る喜び…と、美味しい賄いを噛み締めている毎日です。