
- 書名:『BUTTER バター』
- 著者:柚木麻子
- 発行所:新潮社
- 発行年:2017年 2020年文庫第1刷 2024年20刷
(下線のあるテキストは詳細などにリンクされています)
『BUTTER』は現在、世界38か国での翻訳出版が決定されており(帯には35ヶ国とあるが更新していた)、日本国内では累計60万部を突破、2024年2月に刊行されたイギリス版を含む海外版を含め、全世界販売部数累計150万部以上となった。
2009年に発生した首都圏連続不審死事件(木嶋佳苗事件)をモチーフにした社会派ともいえるミステリー。当時、メディアに出た本人の写真を見て、多くの人、男性も女性も「なぜ、あの体型で、あの顔で男が騙されたのか」と疑問を抱いたのが本当のところだろう。あの時、メディアのコメンテーターとかもそれを口に出す事は避けていたように記憶する。世間では猥雑な憶測を含んだ話が湧き上がっていた。
『BUTTER』はミステリーであるが、主人公が対峙する留置されている殺人犯が話す「バター」が象徴する何かとその奥の方にあるものを読み解く内容でもある。
あらすじは、男性を次々に毒牙にかけ、財産を奪い殺害した容疑で逮捕された女性・梶井真奈子。世間を騒がせる彼女に対し、週刊誌記者の町田里佳は独占取材を試みる。
そして二人の間に「食を通じた接触」が始まる。梶井は事件については一切語ないが、美食であり、特に「バター」への強いこだわりを持っている。里佳は彼女の信頼を得るため、梶井から教えられたレシピを再現し、同じ物を食べることで彼女の精神に近づこうとしていく。
梶井との対話と濃厚な食事体験を通じて、里佳は次第に「女性に求められる役割」や「美意識」に対する自身の価値観を揺さぶられ、心身に大きな変化をきたしていきます。価値観の変容がはじまるのだ。
これは、単なる事件の真相究明にとどまらず、女性の食欲、体型、承認欲求、そして現代日本社会が女性に強いる「呪縛」を鋭く描いた作品。
読者の食欲をこれでもかと刺激する濃厚なグルメシーンは、本作の最大の魅力だ。特に象徴的な場面を書いておく。
「バター醤油ご飯」は、物語の序盤で容疑者の梶井が主人公の里佳に作るよう命じるメニュー。梶井のこだわりは、使うのは高級な「エシレバター」。炊きたての熱々ご飯に冷たいバターをのせ、醤油を数滴垂らせと言う。バターがご飯の熱でじわじわと溶け出し、一粒一粒を黄金色にコーティングしていく様子や、冷たいバターが口の中で熱い米と混ざり合う背徳的な感覚が官能的に描かれる。
エシレバターは、単なる高級食材としてではなく、物語の重要な要素として機能している。それまで「食」に無頓着で、コンビニ弁当などで済ませていた里佳が、バターの濃厚な香りと美味しさに引きつけられることで、梶井の指示に従い、物語が展開していく重要な転換点である。
AIで調べたら「この『バター醤油ご飯』のシーンを読んで、実際にエシレバターを買いに走りたくなったという読者も非常に多いですよ」と言ってきたが、本当かどうかはわからない。
そしてウエストの「バタークリームケーキ」は、梶井が強く勧める、銀座の老舗「銀座ウエスト」のケーキ。現代の主流である生クリームではなく、ずっしりと重く、体温でゆっくりと溶けるバタークリームの質感。それを「終わりのない墜落」と表現するなど、甘美で危うい快楽として描かれている。
また、深夜の「塩バターラーメン」では、梶井の言葉に導かれ、里佳が理性を捨てて食に溺れていく象徴的なシーンに引き込まれる。 罪悪感を感じながらも、深夜にバターを溶かした濃厚なスープを飲み干す解放感。五感に訴えかける「すする音」や「脂の輝き」の描写が、里佳の精神的な変容を際立たせる。
その他に、友人たちと囲む祝祭の象徴として七面鳥(ターキー)の丸焼きが登場する。脂の滴りやパリッと焼けた皮と肉の質感の表現もいい。
また、溢れんばかりのバターとたらこが絡み合う濃厚たらこパスタは視覚的にも「重い」一皿として描かれる。
これらのシーンは、単においしそうなだけでなく、「食べることは生きること」であり、同時に「自分を甘やかし、解き放つこと」というテーマを濃厚に描き出す。
この文を書いていたら、過去に宇能鴻一郎の家に平松洋子が尋ねる話を「パネトーネ」の記事の冒頭に書いたことを思い出した。官能小説とこの本を重ねるのは不謹慎だろうか。
それと、余計な事だが、「バター醤油ご飯」のくだりを読んだ英国人はどんな味を想像したのだろうか?
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。