- 書名:スローフード宣言〜食べることは生きること
- 著者:アリス・ウォータース
ボブ・キャロウ クリスティーナ・ミラー - 訳:小野寺 愛
- 発行所:株式会社 風と土と
- 発行年:2022年
原題はWE ARE WHAT WE EAT。サブにA Slow Food Manifestoとある。日本版は「スローフード宣言」が先になっている。本書の執筆の意図に添って原題である「食べることは生きること」とする方が正しかったとは思う。
まあ、たしかに「食べることは生きること」ではボンヤリしすぎか。しかし、「スローフード宣言」という大タイトルを見た時は、20年ほど前の復刻本かと思ってしまったのも本当だ。アメリカでは2021年6月のコロナ禍に出版され、日本語版は2022年の11月に発売された本だ。
カリフォルニア州バークレーのオーガニックレストラン『シェ・パニーズ』創業者であり、メインの著者であるアリス・ウォータースは、この本で伝えるのは<食べることが人の暮らしと世界にどのように影響をもたらしたか><その道筋を変えるために自分たちにできることは何か>だと言う。
本書の構想は10年以上前からあり、2018年から共同執筆者たちと毎週集まり、論点と向き合い、整理を重ねて作り上げた。その目的は<スローフード的価値観とエディブル・スクールヤード※について反論の余地のないスピーチをつくること>だった。
(注※エディブル・スクールヤード=食物をともに育て、ともに調理し、ともに食べるという体験を通して、いのちのつながりを学び、人間としての成長を促す教育を学校で実践するための組織。1995年、バークレー市にある公立中学校、マーティン・ルーサーキングJr.ミドルスクールの校庭に、アリス・ウォータースによって創設された。日本でも認可を受けたエディブル・スクールヤード・ジャパンが活動を行っている。)
そして本書は<参考文献を並べた学術的なものでえはなく、すべて実体験>から話す内容だと言っている。アリス・ウォーターにとって<食べることは生きること>が人生を導く哲学だなのだ。
自分がスローフードという考え方に最初に影響されたのは1999年、元マガジンハウスでアフリカから帰ってきた黒川一二氏が初代編集長になって創刊された雑誌「ソトコト」の出現だった。スローフードやロハスという言葉が広がったのは「ソトコト」からだったように思う。イタリア人カルロ・ペトリーニが国際スローフード協会設立してから10年以上経っていた。
ただ、その頃もそのスタイルと思想に憧れるものの、100%シフトするイメージは持てなかったし、徹底して実践している人たちとは少し距離を置いていたと思う。それは自分の中にその頃「そんなこと言ってもスローフードで提唱される食料の入手に無理があるよね。お金もかかるし。」とか「ファストフードだってそんなに悪いものばかりじゃないのでは?」という気持ちがあったからだ。だから、改めてその意義を確認しておこうと思った。
本書の内容は大きく “ファストフード文化” と “スローフード文化” にわけて語られていく。
“ファストフード文化”では、便利であること/いつでも同じ/あるのがあたりまえ/広告への信頼/安さが一番/多いほどいい/スピード について。そして、”スローフード文化”では、美しさ/生物多様/季節を感じること/預かる責任/働く喜び/シンプルであること/生かしあうつながり について。
最終章で「どう食べるか、どう生きるか」としてまとめている。
これは単なる否定と肯定ではなく反論の余地のないスピーチをつくるための<検証>だ。本書から読み取るべき内容はこの検証にある。たしかに反論ができない整理した丁寧な言葉で綴られている。
本書でアリス・ウォーターが明らかにしているのは<われわれが口に入れるものについてのすべての決定は、われわれの身体だけでなく、家族、コミュニティ、環境など、世界全体に影響を及ぼすということ>そして<われわれには食べるものを選ぶ力があり、食との関係を変えるだけで、個人と世界を変える可能性がある。必要なのは、味覚だけなのだ>ということだ。
自分がこういう本を読むのは、未来への責任を放棄して「ジャンクなものの旨さが欲しくなる」とか軽口を言っている自分を戒めるためもある。もう少し、いま食べようとするものを考えるならば、変化はあるのだろう。
今、改めて<スローフード宣言>をするということには重要な意味がある。本書でその理由を読み取ってもらいたい。その上でどう生きるかを考えるのは個人個人の問題だ。
しかし、ブリア・サヴァランの「国々の命運は、その食事に左右される」という言葉は永遠に続いている。<食とアイデンティティはお互いに影響を受け合うもの>だ。そしてそこに暮らす<個人の集合体であるの街や国の変化に現れる>。さて、どうする、自分。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。