2025.01.15

蒸留家とフレグランスデザイナーと窯元。
香りと色彩の交流


石川で初のスピリッツ蒸留所、Alembic大野蒸留所のGIN「HACHIBAN」は食中酒、食事に合う、おかわりしたくなるジンを目指して生み出され、国際的な賞を受賞するまでになった。

たとえば、絵画には偶然できた芸術作品もあるかもしれないが、本来のアーティストは、思い描いたものをキャンバス上で具現化する技量を身につけた者をいうのではないかと思う。そういう意味では、これだという酒のレシピを見つけ、造り上げるということは一人の職人の仕事であり、アーティストの作品でもあると思う。

HACHIBANのジンは料理店での食中酒としても拡大している

あと2週間ほどで新しい年を迎えようとする2024年12月14日。港町としての歴史が色濃く残り、発酵文化のかぐわしい香りが漂う金沢・大野。

この日、蒸留家、フレグランスデザイナー、九谷焼窯元の3人の<アーティスト>が集い、「香りと色彩」をテーマに、自然と関わり生きてきた文化、その肌感覚を「食」とともに楽しむコラボレーションが『香りと色彩 Vo.1』として行われた。

中川俊彦Alembic大野蒸留所創業者
2022年酒類製造免許取得。2023年8月初リリース。
同じ蒸留ということで蒸溜所に興味を持っていたHARUNA氏と吉田みふゆ氏がAlembic大野蒸溜所を覗きに行ったところから3人の交流が始まる。

HARUNA/瀬間 春菜 (株)Selenophile CEO
アーティスト/フレグランスデザイナー 
「わたしだけが知っているわたしの望む香り」をテーマに、オーガニック・野生種の精油、天然香料を使用して香りのart directionを行う。パーソナルな香りの診断やコスメの香り監修、ホテルや東京オリンピック2020等のイベントの空間演出を実施。2022年より独立行政法人国際協力機構(JICA)の 香りの専門家として国内外問わず、地域ブランディング・事業開発・異文化交流も行っている。
(公式プロフィールより抜粋)
金沢で錦山窯のワークショップを体験。九谷焼の概念を覆された色彩豊かでスタイリッシュな錦山窯に衝撃をうける。香りの世界には同年代の吉田みふゆ氏と意気投合しイベントも数回にわたり開催。
今回はHACHIBANのボタニカルや風味に影響を受けて調香した香りを提供。

吉田みふゆ錦山窯 作家
小松市にある九谷焼上絵付を専業とする1906年開窯『錦山窯』の窯元に生まれる。錦山窯は、金彩を重ねる、金箔を加えるという金彩技法を特徴とする。女子美術大学短期大学部で空間デザインを学んだ後、東京で店舗設計事務所にてアパレルやジュエリーのショップデザインを担当。2016年錦山窯に入り、商品の企画・開発・製作、またSNSを利用した広報活動まで幅広く携わる。

自身でも製作(伝統的な色彩や文様とは異なり、淡く柔らかな色彩が特徴的)を行いながら、九谷焼の新たな魅力を広めようと様々なワークショップを企画開催している。
今回はHARUNA氏と共同で、素焼きの欠片の性質を利用したアロマディフューザーも製作。

イベント会場の1階では、錦山窯の作品や今回製作されたアロマディフューザーが展示された

会場となった場所の提供と料理でのコラボレーションは『金沢天晴 山藤濁酒研究所(かなざわあっぱれ やまとどぶろくけんきゅうじょ)』。1911年創業の株式会社ヤマト醤油味噌の「ヤマト・糀パーク」内に2024年6月にオープンした日本初の「どぶろく」と「糀を調味料につかったハンバーガー」を同時に提供する飲食店・酒販店である。

ジンに不可欠なジュニパーベリー、そしてクロモジ、カカオニブ、レモン、オレンジなどのボタニカルによって、しっかりとした風味がありながらも柑橘のさっぱりとした後味の「HACHIBAN」。

会場では、その香りの元をフィーチャーし、そこから生まれたアロマで香りが存在する場が作り出される。同じように「HACHIBAN」を構成するボタニカルとジンのテイストに呼応する料理が提供され、さらにボタニカルと料理のイメージから選び出されたうつわがテーブルを彩った。

ジンのテイストはもとより香りと色彩を言葉で伝えるのは難しい。味覚、嗅覚、視覚をもって実際に体験して初めてその良さを知ることができる。中川代表はさまざまな形で「体験してもらう」場をもっと持たなければならないと言う。今回のイベントのタイトルにVol.1としたのは、これからも続けて行くという彼らの決意の表れだ。

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手前からジュニパーベリー、カカオニブ、クロモジと抽出されたアロマオイル
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九谷の素焼きの持つ特徴を生かしたディフューザー。アロマオイルを染み込ませて使用。

まず最初にHARUNA氏は、会食のための各テーブルにあらかじめ置いてあった吉田みふゆ氏製作のディフューザーに、自身が今回のテーマにあわせてつくった「新緑」という香り垂らしておいたことをゲストに伝え、食事の前にその香りを嗅いでもらうように促す。

この香りも、ジンに入っているハーブのジュニパーベリーとクロモジの精油、カカオニブで調香したものだ。またそれらのハーブはテーブルを演出する道具としても配置されている。

さらにHARUNA氏は、ジュニパーベリー、クロモジの抽出液を染み込ませたムエット(試香紙)をそれぞれゲストに渡し、ドリンクを飲む際に何処にこの香りがいるを探してみることを勧める。特に温度差でも香りの感じ方が違ってくるのでジンのぬる燗など、飲み方で変わる香りを楽しんでほしいと加えた。

これは今回のテーマの香りの序奏となった。

食事会の合間のトークセッション。それぞれが「香りと色彩」を語った

HARUNA氏は挨拶で「鼻をつまんでお酒を飲んだりご飯を食べてもまったく味がしないし楽しめない。嗅覚は人間が基本的に持っているもので、とても大切で人生を豊かにするもの。そのことをもっとイベントを通じて提供していきたい」と語った。

トークセッションで吉田みふゆ氏は、中川代表の「うつわをつくっている立場から、香りというものに着目したエピソードは?」という問いにこう答えた。

「ものづくりをする中で、いろんな景色だったり、北陸という雨が多い土地で、土の匂いだったり、湿気とか雨の匂いなどからインスピレーションを受けて色を作って調合して、色を重ねて作品作りをすることが多い。
九谷焼の昔の模様で<花詰め>というものがあるが、色とりどり百花繚乱の花々をぎっしり詰め込んだ濃密な色合いだが、そういうものを見ていると本当に花束を嗅いだような強い匂いを感じるパワーがある。色彩と匂いというものが近いところにあるのだと日々感じてものづくりをしている」

また、HARUNA氏とのコラボで製作された、素焼きの欠片を再利用したディフューザーの製作のやりとりをこう話す。「まずはHACHIBAN GIN のボタニカルや香りのイメージから一部分に釉薬をかけ絵付した。それをHARUNA氏に送り、香りを調合してもらい戻ってきたもの香りを嗅ぐと自分がイメージしたものと合っていて、東京と石川と離れていても意識の共有ができるという体験をした」。

中川代表は「香りを視覚化してもらうというのは初めての経験だったが、(同じように)ああ、なるほどと、違和感がなくしっくりきた。これからいろいろ試したい」と話した。

HARUNA氏は「自分が香りをつくる時の頭の中は、色のグラデーションで考えることがとても多い。錦山窯の色彩の使い方やグラデーションの使い方がバチっとハマるものがあって、色彩と香りは別物と思われがちだけれど、見る視点を合わせると実は考え方は同じで、(吉田さんとの)会話を通じて理解が深まっていくと共通言語が同じだなと思うようになった」という。

吉田氏は「自分も色彩を通して香りの魅力というものに気づいた者でもあるので、いろいろな方とコラボレーションして<香りと色彩>という考え方を広げていきたい。日々の生活にある色彩とか香りは、(ゲストの)皆さんの家にもあると思うので、そういうところに気づくところから心の余裕が生まれ豊かさにつながるのではないか、というところを伝えていきたい」と今後の希望も含めて語った。

中川代表は「これからは聴覚など、音も入れたりする試みも考え、この『香りと色彩』のイベントを広げていきたい」と語った。

香りと色彩のテーブル

おしぼり入れ(浮世 – Ukiyo – Fall 其ノ十三)

卓上の錦山窯のうつわ(おしぼり入れ)に載った不織布のドライタオル。HACHIBANのボタニカルで使用されているジュニパーベリー、クロモジ、カカオニブなどからHARUNA氏が抽出し調香された水を、各テーブルを回り差して行くと、香りと共にタオルが広がるという演出から食事は始まった。

爪楊枝にも使われるクロモジには抗菌作用がある。浄化作用もあるジュニパーベリーは「濃い青や深い緑のカラーをイメージさせる香り」と聞いたことがある。香りから色彩につながることの再認識。

続いて先のムエット(試香紙)をそれぞれゲストに渡し、嗅いでもらいながらジンに使用されているボタニカルの香りの要素を説明。

驚きのHACHIBAN GINの提案

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「金沢天晴 山藤濁酒研究所」特製の塩糀レモンとHACHIBAN GINを合わせたカクテル。

ドリンクは、植物の豊かな香りを閉じ込めたHACHIBANジンでつくった数種類のオリジナルカクテル、また同じボタニカルのアロマを使ったノンアルコールのカクテルが提供され、オリジナルカクテルの面白さに「次はこれを」「さっきのをもう一度」とテーブルは盛り上がりを見せた。

特に特製の塩糀レモンソーダのカクテルは、ジンの香りと清涼感がすっと漂い、味わい深さが広がってヤマト醤油の旨みたっぷりの塩糀がまろやかにまとめ上げてくれる。調和しながらそれぞれが引き立つ逸品。

参加者が驚きの声を上げたのはHACHIBAN GINの燗冷まし。中川氏によると、寿司職人からのヒントを得た、ナマモノにも合わせやすい、ジンを燗にして提供するという方法とのこと。
ヤマト醤油味噌が提供する仕込み水で前割りし(薄めて)度数を下げ3日間寝かせ、一度お燗にして冷ますという焼酎での手法。そして、温度を上げることで日本酒の渋味などの雑味成分が抜け、相対的に雑味が薄まって旨味が豊かに感じられるという燗冷ましの手法。
この焼酎と日本酒の燗のつけ方のハイブリッドな方法でつくられた温かいHACHIBAN が提供された。どっしりとジンの風味がより際立つ。しっかりとした香味(精油の量)を持つHACHIBANだからこそ味わえる、新しいジンの楽しみ方を体験。

ジンの基本であるジュニパーベリーが多く使われているHACHIBANとカンパリ、スウィートベルモット(ワインにスパイスを漬け込んだリキュール)と合わせたジンの定番カクテル、ネグローニ。通常のドライジンのものより濃厚かつ複雑な味わいで、様々な風味が混ざりあって押し寄せてくる。

また、ノンアルコールでは甘く爽やかなエルダーフラワーとバラのドリンクなども提供され、ジンの味わいが持つ多様な魅力を知ることになった。

北陸の発酵文化を活かした料理の数々

テーブルには、ジンの香りの構成要素を使って調理されたものや味のイメージに合わせたもの、加賀野菜やヤマト醤油の発酵食品を使った料理の数々が順に運ばれる。ジンのオリジナルカクテルとも絶妙に調和しながら、さらに錦山窯のうつわの彩りが脳内で味と香りにシンクロして行く。

金時人参のムース シュー包み/金時人参の優しい甘さを塩糀で引き出し、出汁ジュレを混ぜたムースに。軽いシューの食感にムースがふんわりとまとまる。

うつわ:華鳥夢譚Ⅱ – KachoumutanⅡ – 鼓皿縁付
錦山窯の特徴である金彩を施したもの(縁付とは職人が手作業で打ち伸ばした金箔の名称)

冷菜盛り合わせ/酢ではなく塩麹でマリネしてまろやかに〆た「塩麹しめ鯖」。「いしる糀マグロと甘海老」は、風味と深い緑をうまく引き出した金時草のタルタルで、いしる糀にほどよく漬けたマグロの旨みとねっとり感を甘海老と合わせていただく。味わい深い「酒粕味噌漬け クリームチーズのカナッペ」と「ホタテのポワレ」

うつわ:Rim ウォーターアイ プレート
昔の縁起物として使われる鯉が滝を登る絵柄の皿の縁からとった文様を描いている。エンボスがあるものは白盛り、金盛りなどの技法が使用されている。内側は九谷の淡い素地をそのまま残してあり、日常生活で楽しめるものになっている。

温菜/「香箱蟹のリゾット白味噌仕立て、加賀蓮根のニョッキ」香箱蟹の風味を消さない程度に白味噌を混ぜ、ほの甘い香りに。しっかりとした内子と外子の風味が際立つ。加賀蓮根のスライスを挟み、加賀蓮根だけでつくられたニョッキの食感を楽しめる。

うつわ:Hue. 蓋付茶碗 錦山窯のデッドストックに吉田みふゆ氏が絵付したもの。他テーブルでは朱色や深緑の茶碗に唐草文様が施されたものも使用された。

ラムシャンクの煮込み
仔羊のスネの部位で、旨味の強い骨付きの肉を箸でほぐせるほど柔らかく煮たもの。ロースやモモ肉とは異なる食感を楽しめる。煮込みにはHACHIBANのボタニカルであるジェニパーベリー、クロモジでしっかり香りをつけている。
「豚ロースのソテー 甘糀マスタードソース」
豚ロースのソテーには、ヤマト醤油の甘糀によるまろやかな酸味ですっきりとしたマスタードソースが合わせてある。

うつわ:
盛り皿/浮世シリーズ 
一つ一つアドリブで色をのせている。ブラシで混ぜながら塗ったもの。 
取り皿/Rim RedArabesque プレート

「HACHIBAN GIN」のシャーベット
通常ならばシロップを使うところを、HACHIBANの持つ風味をそのまま生かすためにボタニカルでもあるレモンの皮と果汁を混ぜ、卵白と練乳でまろやかな味わいを出している。

錦山窯のプロダクト『ミロク』

錦山窯・吉田みふゆさんによる日本古来のお香と小さな壺を合わせた新しい提案。小壺の香りで人を「救う=幸せにしたい」という願いを込めて、世界の人を救うと言われている弥勒菩蔭からMIROKUと命名。
HARUNA氏はこの出会いを「香りの世界には可愛くておしゃれなものがなかったが、伝統工芸と掛け合わせてこんな素敵なものがあるということにとても感動した」という。それぞれのテーブルにも一つずつ置かれ、香りを目で楽しむこともできた。

錦山窯・吉田みふゆさんによるプロダクト「ミロク」

考えてみると、料理が提供される場では、自然由来とはいえ人為的に作られた香りというものは好まれるものではなかったはず。しかし、逆にメインの食中酒の香りをフィーチャーして器の色彩や料理へと輪のように繋げて行く今回の試みは「食」の世界を広げ、新しい楽しみ方を発見させてくれた。

香りと色彩をテーマにしたアットホームな食事会だったが、今回、大野に集合した蒸留家とフレグランスデザイナーと窯元の3人は、それぞれの手法や伝統、技術を大切にしながらも、既成の枠を飛び越え新しい価値を生み出すアーティストであり、食の世界に変革をもたらすクリエータなのだと思った。

能登地震で始まり、さらに大雨災害に見舞われるという年だったが、2024年の終わりに素晴らしいテーブルに着くことができた。感謝である。

クリエーターたちが表現する場には光が見える。

text : Joji Itaya

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。