- 書名:別冊太陽 日本の台所一〇〇年 キッチンから愛をこめて
- 編集:宮崎謙士(みるきくよむ)・成合明子・金丸裕子・長井美暁 他
- 発行所:平凡社
- 発行年:2022年
3年ほど前にこの特集と同様の企画をもってたくさんの出版関係者と相談していた。残念ながら計画は頓挫したのだが、今回、別冊『太陽』が見事にまとめてくれた。少し悔しいが企画は間違っていなかったということで、うれしくもある。当初の企画は、無くなってしまうかもしれない古い台所とそこに伝わるレシピを探っていくというものであった。
少し違ったのは『太陽』がテーマにしたのは<キッチン愛>だったことである。
われわれは、食にまつわる文化を後世につなげていくことを大きなミッションとしている。そして、ただの植物やただの肉や魚を「食べ物」という人間の肉体と精神を作り上げるものに変える場所がキッチンだ。
しかし本誌に登場する人たちは、なぜそこに愛をもって立とうとするのだろう。(自分を含めてだ)
個人的に尊敬する玉村豊男氏(著作はこちら)が巻頭で現在のキッチンに至るまでの話を書いている。玉村氏のキッチンの取材は個人的に一番やりたかった企画なのでうらやましく、この本の肝である。
玉村氏はこの中で「1991年秋。一番眺めのの良い場所に台所を作った。この台所で私は死ぬまで料理をしているだろう。」と書いている。
玉村氏の台所遍歴はフランス留学中のユースホステルから始まり、港区を転々とした数年間は一般的なマンションの台所(ただし最初からオーブンだけは追加しい、自己流でフレンチやエスニック料理を作る)、移住した軽井沢の家では業務用厨房機器でキッチンを作った。
そして、終の棲家として引っ越した長野県東御(とうみ)市のキッチンでは「男の料理」志向を終わらせ、業務用機器の世界は卒業し、フランス製のセミオーダーしたクッキング・ストーブなどがヘリンボーンに組まれた床や今時の汚れがすぐ拭きとれる壁ではなく、レンガ造りの壁面に相性良くどっしり構えている。
ここに立ったら〜この台所で私は死ぬまで料理をしているだろう〜という言葉が出るのがわかる。このキッチンは訪ねてきた友人たちに料理を振る舞うだけでなく、みんなで一緒に料理を作るためのオープンキッチンの先にある考えから設計された。
キッチンがテーマの本で巻頭の記事としてこれ以上のものはない。
本誌では、台所の100年史のほかに、安西水丸、石津謙介、宮脇檀といった個人の「台所愛」も特集されている。さらに民藝や建築からの視点での話、著作『東京の台所』『男と女の台所』で有名な大平一枝氏による取材で見つけた<台所に歴史あり、人生の物語あり>も読み応えがある。
こういう特集では欠かせない、BOOK紹介でも取り上げることの多い阿古真理氏の理想のキッチンについてと、氏を起用した座談会「シングルから考える これからの家事と台所」も未来の食と生活を想像させてくれ、軽く読めるが重要な内容となっている。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。