2022.03.23

木村春子
火の料理 水の料理【私の食のオススメ本】

火の料理 水の料理 表紙

  • 書名:火の料理 水の料理 食に見る日本と中国
  • 著者:木村春子
  • 発行所:(社)農山漁村文化協会
  • 発行年:2005年 

昨今「町中華」店が消えていくという話が多くなっているように思うが実態を調べていないのでわからない。消える話の一方で長く続く「町中華」なるものがよくメディアに取り上げられる。そして、そのメニューがさほど古いものでなくても「郷愁」というフレーバーを排除して話すことはない。

世界中にある中国料理店では金髪碧眼のシェフが鍋を振るう姿は見かけない。中国人の移住とともに中国料理がアメリカの辺鄙なところにもできたりするのである。日本では人的流入ではなく、料理そのものだけが渡ってくることが多かった。中国現地での中国料理の変遷。植民地政策。政治、戦争などの関係の中でそれらは日本へ伝わってくる。おかげで食材の差や想像が日本の中華料理を作り上げていった。日本人による中国料理、「町中華」である。

断っておくが本書は「町中華」の解き明かし本ではない。食の観点から日本と中国の関係とその影響を読み解く内容だ。この本は実にわかりやすい比較で読ませてくれるところが特徴でもある。

執筆時、中国料理研究会代表で日本レストランサービス技能協会顧問という肩書きであった木村春子氏がまとめた本書は、膨大な資料と岡本央氏の貴重な現地取材写真で出来上がっている。木村氏はお茶の水女子大卒業後、1960年にはすでに中国料理の研究についたひとだ。戦前のリアルな検証も含めた本はもう作ることはできないのではないかと思う。

面白い比較として、毛沢東は中華人民共和国を設立した後、「中国料理も重要な中国の文化である」とし、中国各地に個々に存在していた老舗料理店の名菜や、その土地の庶民に愛された<町の味>を『中国名菜譜』としてまとめさせた話が載っている。

ここでは料理名に対する日本人の視覚型表現と中国の触感型表現の差を教える。日本では料理をうぐいすの色や海の色に例える。中国では美麗、色澤金満のようにあっけない。しかし、その歯触り、舌触り表現する日本語にはない言葉が添えられる。
脆(ツォエイ)酥(スウ)鬆(スン)というようにサクサク、パリパリ、カリカリを一言で表す漢字がある。よく煮込んで崩れていくような柔らかさを、欄(ラン)と表す。これは表すというより「伝える文化」なのだと思う。

これはわれわれが進めている「レシピを未来につなぐ」作業につながる。しかし食材と調理法だけの記載では、レシピは未来へ繋いで行けないのではないか。その土地の食に対する文化や言語感覚の分析記載も重要なのだと思う。また、その料理にまつわるストーリーもレシピの再現には重要になって来る。

毛沢東の『中国名菜譜』では文革の嵐に突入すると贅沢は否定され、老舗料理店の料理は消えていった。このようなことのないように「レシピ」もブロックチェーンを利用する時代がきている。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。