
- 書名:『教養としてのフードテック』
リベラルアーツで問い直す「食の本質価値」 - 著者:松島倫明(WIRED日本版編集長)
田中宏隆(UnlocX 代表取締役CEO)
岡田亜希子(UnlocX インサイトスペシャリスト) - 発行所:日経BP
- 発行年:2025年
「食」とは「食の本質価値」とは何か?
この本は2020年頃からのフードテックの盛り上がりから5年を過ぎて、フードテックは何をもたらしたのか、フードテックが進んだことで何を失いかけているのか、そしてフードテックはどこへ向かうべきか、本書はそれを考えるための参考書だと考える。
本の話の前に「フードテック」について簡単に書いておくことにする。
フードテック(FoodTech)とは〜
「Food(食)とTechnology(技術)を合わせた造語で、AI・IoT・ロボット・バイオ技術などの先端技術を駆使し、食料生産から加工、流通、消費、廃棄に至るまで、食のあらゆるプロセスに革新を起こし、食に関する課題解決や新たな価値創造を目指す分野」であり、食料不足、フードロス、人手不足、食の安全性・多様化といった世界的な課題を解決する手段として、近年急速に注目を集めている
2014年頃から世界的にフードテックへの投資が始まり、日本では2017年設立の「スマートキッチン・サミット・ジャパン(SKS JAPAN)」が土台を築き、2020年のコロナ禍でネットスーパーやデリバリーが注目され、フードテックの必要性が高まり本格化した。そのためか、この2020年は「フードテック元年」と呼ばれている。
〜というのが一般的な説明になる。
そして2017年にシグマクシス社在籍中に「スマートキッチン・サミット・ジャパン(SKS JAPAN)」を初開催した現UnlocXの田中宏隆と岡田亜希子の二人とWIRED日本版編集長の松島倫明が本書の著者たちである。
RIFFでは先に、田中宏隆と岡田亜希子両氏らの著作である2020年発行の『フードテック革命』を紹介している。執筆と監修には、編集者からシグマクシスに参加し、シグマクシス Principalとしてフードテック関連の情報発信に従事していた瀬川明秀氏と、アップルコンピュータ(現アップル)日本法人を経てエバーノートジャパン会長を務めた後「Smart Kitchen Summit Japan」を共同で開始し、「Food Tech Studio – Bites!」創業して日本の大手食品メーカーと世界のスタートアップによるオープンイノベーションを推進する外村 仁氏が参加している。
この本の表紙では<アフターコロナ 時代の羅針盤><世界700兆円の新産業「食」の進化と再定義>と謳っている。

前著『フードテック革命』も大きな話題となった
世界最先端のフードビジネスを日本に知らしめた前著『フードテック革命』に対して、本書『教養としてのフードテック』では、「2050年、私たちは<何>を食べているのか、どんな<価値>を生み出して行きたいのか」を読者と一緒に考えたいと前書きに示したが、これは「食」の仕事に関わるわれわれへの問いかけでもある。
本書は、2050年の人口10億人時代を見据え、単なる技術論(フードテック)ではなく、文化人類学、地質学、法哲学など幅広い教養を横断的に学ぶ学問<リベラルアーツ>の視点から「食の未来と真の幸せ」を問い直す書だ。
「食の未来と真の幸せ」は、言葉は少し違うが、これは2017年の「スマートキッチン・サミット・ジャパン」初開催の年末に創業したOPENSAUCEのテーマと同じだと言っていい。
本書の要点としては以下が上げられる。
技術×リベラルアーツ: テクノロジー一辺倒の未来ではなく、文化人類学、建築学、倫理などの視点で「食の本質」を再考。
2050年の食: 人口増加や環境問題に対応する持続可能なフードシステム(代替タンパク質、養殖技術など)の探求。
SWGs(Sustainable Well-being Goals)※: SDGsの先にある、持続可能かつ「心身のウェルビーイング」を実現する食。
食のデジタル化・身体化: AI、IoT技術や、身体情報学、食の心理学を組み合わせた新しい食体験の形。
※SWGs:Sustainable Well-being Goals(=持続可能なウェルビーイング目標)。2030年のSDGsの次のアジェンダとして提案されている「人間と社会、地球の幸福を最優先する枠組み」。経済成長至上主義からの脱却を目指し、人々の持続的な心身の豊かさを社会設計に組み込む概念として、日本企業や研究者を中心に提唱されている。
ところで『フードテック革命』でとりあげられていた<植物肉、培養肉はどうなっているか? ネットに繋がったキッチンOS家電はさらに進化したのか? 使われているのか? ゴーストキッチンは増えたか? 次世代コンビニはどこまで進んでいるか?>
そして、人は「食」で幸福になっているか?
「料理や買い物など、(フードテックにより)時短や効率を追求した結果、米国で人々はsnacking(おやつを食べること)に時間を費やすようになりました。その結果、肥満が社会課題となったのです(予防医学研究者・石川善樹氏 本書より抜粋)」
フードテックには、半導体技術や勇気ELディスプレーとなどのハイテク業界にはなかった「副作用」や「罪悪感」が生まれた。技術の進化が必ずしも人間を健康にしないことはわかってきた。
「なぜテクノロジーは進歩しているのに、食への不安は増しているのか」
「なぜ便利になったはずなのに、何か大切なものを失っている気がするのか」
本書には「技術による持続可能性(SWGs)」と「人間らしい豊かな食体験の両立」を目指す16人の知性との対話が以下の内容で収録されている。
チャールズ・スペンス(オックスフォード大学 実験心理学部教授・知覚研究者)パンデミックで失われた「社会とのつながり」は、食の物理学で取り戻せる
重松象平(建築家)
建築に食の視点を組み込めば、都市は多様に生まれ変わる
藤原 謙(ウミトロン 共同創業者/CEO)、島 泰三(理学博士)
人類に繁栄をもたらした魚食と海を、養殖で持続可能にする
デイビッド・モントゴメリー(ワシントン大学 環境学部地球宇宙科学科教授)
土壌・人体にある「見えない世界」から考える、食を通じて地球を救う方法
渡邊淳司(NTTコミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部上席特別研究員)、大木和典(mui Lab CEO)、佐藤宗彦(mui Lab CXO)
「余白」と「佇まい」を備えた”穏やかな”テクノロジーが家電・キッチンを変える
サラ・ロベルシ(Future Food Institute創設者)
「食の主権」はリジェネラティブなアプローチで再興する
宮田裕章(慶應義塾大学 医学部教授)
Web3時代、データサイエンスで食の世界は豊かになる
山崎 亮(studio-L代表/関西学院大学教授、コミュニティデザイナー)
コミュニティ設計に必要なのは「食べられる景観」
小川さやか(立命館大学大学院 先端総合学術研究科教授、文化人類学者)
分散化する”わたし”は何を食べるのか
ドミニク・チェン(早稲田大学 文学学術院教授)
「わたしたち」は一体、何を味わっているのか
稲谷龍彦(京都大学大学院 法学研究科教授)
自由意志を疑う あなたが食べたいものを決めているのは誰(何)か
稲見昌彦(東京大学総長特任補佐・先端科学技術研究センター教授)
デジタルツインで、「自分の分身」たちが食を楽しむ
深田昌則(カーマインワークス代表)
対話で紡ぎ出す「物語」が食の未来をつくる
ここにまとめられた16人の研究者との対話で、著者たちが痛感したのは「自分たちの視野の狭さ」だったという。ビジネス界では売上・利益・効率の物差しで物事を測る。ところが研究者たちは全く違う物差しを持っていた。
その視座とは
①「ビジネスの外側」からしか見えない本質
②人文科学、社会科学、自然科学の統合値で見えた食の価値
③「人間の一部」としてのテクノロジー
たとえば、ビジネスは「差別化と独占」によって利益を生むと考えられているが、研究者から突きつけられたの「共有」だったという。例えばレシピこそ太古の昔から人類は共有されていたと言える。何が食べられるのか。そのような知恵を「共有」していたからこそ、人類はここまで発展してきたのだ。
「レシピの共有」。これもまたOPENSAUCE創業時からの課題である。
そしてさらに、正解主義への警鐘がならされた。「最適解」に入らないものこそ価値がある。最適解に集約されると多様性が失われるという。
この研究者たちによる物差しには光がある。自分がどこに立って考えれば良いのかが見えてくるような気がする。
繰り返しになるが、技術だけでは、「食」の未来は描けない。いま、フードテックに必要なのは「教養(リベラルアーツ)」だ、と本書では言っている。
そして本書の締めくくりにあるのだが、2050年と言わず、われわれは「食の未来」をオープンエンドネスに語り続けて行かなければならない。
ところでわれわれは、創業時に行われていた食の未来についての「語り」を止めてしまってはいなかっただろうか?
この本から、「語り」を再スタートしても良いのではないか
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。