- 書名:しあわせは 食べて寝て 待て
- 著者:水凪トリ
- 発行所:秋田書店
- 発行年:2021年
社会問題、ウンチクや料理から組み立てる「美味しんぼ」の漫画の世界は食漫画の偉大なる遺産になってしまったと感じる。こんな漫画が出てくるとそう思うのである。
究極や至高の料理ではない、日常のなかで「ゆるく食と人つきあうことで、食べることは生きること、生きることは食べること」と感じる、少し辛くてとってもほのぼのとした漫画が登場した。
健康、仕事、結婚といろいろなくした主人公が、食を、暮らしを少しずつ健全な方向に立て直していくところから新しい人生を受け入れ、歩き出す内容だ。
著者、水凪トリ自身も、主人公「麦巻さとこ」と同じ膠原病である。著者が漫画の持ち込み先の出版社でたまたま出会った薬膳の本に興味を持ったところからこの漫画の企画を思いつく。
膠原病とは、ひとつの病気の名前ではない。感染症や腎臓病と同じように、いくつかの病気が集まったグループを表す名称だ。さまざまな組織の間にある膠原線維などからなる皮膚や内臓の結合組織や血管に炎症・変性を起こし、いくつもの臓器に炎症を起こす病気の総称だ。
膠原病は難病である。難病であるが、傍目にははっきりとわからない。働ける程度では障害年金もでない。抵抗力がなく体力がなく無理ができない主人公は風邪もひきやすく、熱も出やすい。通勤だけでもフラフラする。社員同士の付き合いにも出られない。
WEBのデータでは罹患した女性のうち専業主婦が圧倒的な割合を占める。主人公は「きっと仕事を続けられなかったんだろうな」とつぶやいている。
膠原病のためにフルタイムで働けなくなり、居づらくなった会社を辞めて週4の小さなデザイン事務所でパートとして働く主人公(38歳独身)。収入バランスから見て引っ越しを余儀なくされ、築45年・家賃5万の分譲団地の部屋にたどり着くところから始まる。
部屋の内見で、隣に住む大家の鈴さん(92歳)から頭痛を止めるために生の大根を齧らされる。気がつくと頭痛が嘘のように消えている。後日、自分で試しても効かない。大家は「薬ではないので体調などで効かないこともある」と教えてくれる。
この最初のトピックが薬膳というものとの正しい向き合い方を読者に伝える。物語は大家と息子として同居する薬膳を独学で学んだ青年から教わるゆるりとした食生活を中心に進んでいく。
体をあたためる肉団子スープの生姜。免疫力を高めるしめじの出汁。キャベツは胃腸に効き、蓮根は喉に効く。ジャスミン茶に陳皮を加える。秋は白い食材、とろろ、蓮根・・登場する食材や料理については薬膳本にもあるものかもしれないが、物語での登場の仕方が穏やかでいい。
この漫画は体験談を通して、病気になって生きる社会との付き合い方。ゆっくりと食べ物から生活と生き方を見直していく方法を教えてくれる。
しかし、この漫画のテーマは「穏やかに過ごす」ことなのかもしれない。そのためには頑強でなくても良いから、食によって体をチューニングしておかなければならいということなんだろう。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。