2026.01.06

「書かずにいられない味がある」〜100年前の韓食文学【私の食のオススメ本】

  • 書名:『書かずにいられない味がある』100年前の韓食文学
  • 著者:イ・サン 編 八田靖史 訳
  • 発行所:株式会社クオン
  • 発行年:2025年

日本で「朝鮮料理」や「ホルモン屋」と呼ばれた韓国式焼肉屋は終戦とほぼ同時に登場した。食糧不足の中、それまで廃棄したり肥料にしていた牛や豚の内臓を、在日朝鮮人・韓国人経営者が日本人の口に合うように調理して提供したのが始まりだ。1946年には、東京の「明月館」や大阪の「食道園」といった、日本最古と言われる焼肉店もすでに誕生している。

1960年代に入り、精肉技術が発達し、家庭用七輪の普及によって、現在のような「焼肉」スタイルが確立され、ブームとなった。この時期に「朝鮮料理」という呼称を避ける社会的背景もあり、現在の「焼肉」という呼び方が定着した。
その流れか、日本人の家庭にキムチが登場するようになったのは1960年から1970年にかけて。

今では韓国家庭料理も普通に食卓に上がる。レトルトのチャプチェの素、カムジャタン、コムタンスープやいくつかの韓国の調味料がある家庭も多いのではないだろうか。

しかし、われわれは韓食についてどのくらい知っているだろうか。実は、プルコギや冷麺があ韓国ソウルで日常的に食べられるようになったのはたった100年前のことなのだ。日本に入ってくる20年くらい前の話なのだ。つまり、日本統治下の朝鮮半島は食文化が大きく変化し、プルコギや冷麺が普及し始めた時代だったということになる。

本書には当時の朝鮮半島の食をテーマにした40選の小説・エッセイ・ルポルタージュが収録されている。「食べることは生きること」を体現する、貧しくもひたむきな人々の日常や食文化の変遷が描かれ、現代に失われた「食への原初的な情熱」を伝える著名な作家や記者たちによる作品が並ぶ。

全体にテーマとしてあるのは「厳しく貧しい時代、食が人々の生きる力そのものであったこと」。大衆居酒屋でのマッコリ、冷麺、ソルロンタン、粟粥など、庶民の日常的な食事、季節の味覚、外国の食文化に触れる様子などバラエティに富む。訳者・八田靖史氏が言うように「人々の生活に根ざした深い『味わい』や、食へのひたむきな姿勢」というものが伝わる。

読者は、本書によって飽食の時代の現代では忘れている、または記憶の外になっているかもしれない「食の原点」を再認識させられるだろう。それらは作家の食卓や路地の話にもあり、チュタン(丸ドジョウ鍋)店の下働きや、冷麺配達人に扮した記者の体験記の短い文章もそうさせる。

韓食文化の記録としても、文学の小品集としても楽しめる一冊。これが2025年の後半に出版されたことを歓迎する。なぜなら、コロナ禍を超え、インバウンド需要はどんなものかを経験し、人材不足に直面し、円安、物価高、そんな中で自分たちが扱う「食」とは何かを真っ直ぐに考えなければならない時に来ているからだ。

いや、どんな状況でも変わらないはずの、われわれにとっての「食」の位置付けとは何か。なぜ、ここで「食」にかかわることをしようとしているのか。

現代に失われた「食への原初的な情熱」、と前述したが、激情的文章は一つもない淡々とした作品たちから、韓国の100年前の食に関する小さな変革期体験から得るものは大きいと感じるのは自分だけだろうか?

角打ちのようなコの字型カウンターは日本から伝わったのだろうか?それとも世界的必然?
京城に来た修学旅行生が百貨店の食堂で料理サンプルを初めて見る(1932)

OPENSAUCEの、このオウンドメディア『RIFF』では鄭銀淑(チョン・ウンスク)氏の『韓国の美味しい街』紹介している。都市にはなくなった昔を残す市場が地方ではそのままの形で生き続けている。著者はそんな場所をめぐり、歴史と食に触れる。本書〜『書かずにいられない味がある』100年前の韓食文学〜と合わせて読むことをお勧めする。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。