2023.12.12

巻鰤とイタリア人シェフと
私家版ジャーナルの創刊

金沢で異彩を放つイタリアンレストラン『ORIGO』のオーナーシェフ、マテオ・アルベルティさんがこの12月、自身の店の名を冠した、食のヴィジュアル・ジャーナルとでもいうべき大型冊子を自己出版した。

マテオさんは本オープン前のA___RESTAURANTで開催されたイベントに、それぞれが思い出のある一品をつくるというゲストシェフの一人として参加している。その時は故郷イタリアのファミリーの集まりで食べられていた料理からインスパイアされたリゾットが提供されたと記憶している。

そのこともあり、紆余曲折を経ての町屋レストラン『ORIGO』がオープンしたことを嬉しく思い、日頃からSNSでアート作品とも言えるその料理を拝見していた。

写真家を目指していたマテオさん自身で撮影した写真の素晴らしさと、添えられた文章から伝わる食への思い、そして「人や場所と繋がるための手段」だという思いをもって作り出された料理の佇まいや美しさに感心していた。(instagram やFacebookをぜひ見ていただきたい)

創刊号は伝統製法の『巻鰤』

創刊号では、古来より奥能登地方に伝わる、塩漬けした鰤を干して縄で巻いて6ヶ月ほど熟成させた保存食『巻鰤(マキブリ)』をフィーチャーしている。

北陸の鰤文化から保存食としての巻鰤のことがわかる。そしてそこから伝わってくるのはハイテンポな時代に取り残され滅びゆく食の伝統の青息だ。そして食に対する正しい向き合い方であり、未来への期待だ。

実はこの夏、自分とOPENSAUCEの野岸シェフとで、プライベートの食事のために『ORIGO』を訪れた際にこの本来の伝統製法の『巻鰤』のことを教えてもらっていた。お土産としても売られている工業的に作られた巻鰤は知っていたが、それまで手間のかかる本当の製法があることは知らずにいた。1冊の大型冊子という形で『巻鰤』を使ったORIGOの一皿が自分の中で帰結するとは思わなかった。

それはマテオさんが七尾市一本杉町の老舗海産物店『しら井』のおかみである白井洋子さんに出会ったところから始まる。そもそもイタリア人で生ハム好きだったのだが、日本でも魚で同じようなものがあるのではないかと探して行き着いたのが『しら井』の『巻鰤』だった。そこで「巻鰤すごい!」となってこれを店で使いたいとなったのがスタートだった。

白井洋子さんは、石川の食文化である『巻鰤』が伝統製法で作られていないことに疑問を持ち”伝統的な製法を残したい”という思いから古文書や水産課の友人などを伝い、製法を調べ約10年かけ、ほぼ昔のままの作り方を再現したという。白石さんは、その手間と時間から年間100本ほどしか作ることしかできないが店の商品として加えた。

マテオさんは「ここ数年、私たちORIGOレストランは、地元の特産品や伝統的な食材の研究に取り組んできた。食の職人を深く掘り下げてきた。伝統的なレシピ、個人的なストーリー、そしてそれらを取り巻く文化や歴史を発見する喜びは強烈なものであった。しかし同時に、それらが永久に消え去る危険性がいかに高いかを思い知る苦い経験でもあった。」と書いている。

そんなマテオさんは白井さんに自分の料理に対する思いに通じる「同じ匂い」を感じる。そして何よりもその芳醇な味、紙や藁をつかった繊細な作業、鰤を巻き上げるための縄のデザイン的な美しさ、『巻鰤』のすべてにハマってしまったのだろう。

それは絶滅に瀕している、伝統的な食文化としての知識や技術を残し伝えたいということにつながっていく。残念なことに昆布巻を人気看板商品としていた「しら井」は2023年11月に閉店を迎えた。昆布の収穫量の減少や従業員の高齢化によるものだ。伝統製法による『巻鰤』も消えてしまうのか?

白石さんとの交流を深め、マテオさんはその意思を引き継ぎ、自身による巻鰤づくりを始めるようだ。うれしく、ありがたい。伝統製法による『巻鰤』がまだ食べられる可能性が残ったのだ。

そして、マテオさんの決断を表すかのように生まれたのが本書なのではないだろうか。

シェフが自己出版するというのも珍しいのだが、それが食に関するジャーナルととなると、アパレル系にはあっても個人レストランでは聞いたことがない。これは「私家版ジャーナル」なのだが、その出版の意味は深い。

マテオさんはこう書いている。
「私たちはデジタル化された世の中で生きている。テンポが速く、産業と市場の法則が常に私たちを支配している。
そんなことはみんな知っている。
そしてそれは多くの美しいものを犠牲にしている。手作り品やその土地ならではの伝統工芸、人々のコミュニティ、昔ながらの職人たち。これらはすべて絶滅危惧種となっている。
このままでいいのだろうか。一冊の冊子に何ができるのか?」

料理人はテーブルで提供する料理に自分の思いを込めることが多いが、背景は伝わらない。マテオさんは媒体をもってさらに自分が見ている文化の景色を深く伝えようとしている。それも目と舌で味わう料理と同じように、目と手で感じることのできる「紙」という媒体を通して。

この行動には、食を伝え食の未来を考えるOPENSAUCEに関わる一人として、見習うべきところが大きい。自分が金沢に移住し5年経ってもできていないことを外国からやってきたひとりの料理人が成し遂げ、レストランの運営をしながらこれからも続けていこうとしている。頭が下がる。

クリエイティブの重要性を感じる構成

本書を見て、なんと言っても発行人でありアート監督・写真を担当したマテオさんのクリエイティブに対するこだわりに感服した。

ビジュアルデザイナーとしてミラノで活躍するジャンルカ・カロン氏を、テキストは日本文化に精通している日本在住のマルタ・グレスパン氏の協力を得ている。日本の食材をイタリア人の視点と技法で生み出すORIGOの料理同様の構築の仕方なのかもしれない。そのことによって硬質でありながらぐんぐんと引き込まれる誌面となっている。

本書の制作には計画から1年を要したという。印刷にこだわり、写真を活かすサイズや印刷用紙にこだわった。製本時のズレが生じ、見開きにわたる一点の写真に折り目に線が入っているようになり刷り直しという事態もあったと聞く。

また、本文とは違う厚紙を使った表紙には、特別に誂えた小篆体のような文字で彫られた印判で<巻鰤>とだけある。1冊1冊に人の手で捺されている印判は日本最古の判子屋、金沢尾張町『白鶴堂 細字印判店』の仕事。捺された朱肉が乾くのに何日もかかったという。

表紙には印判が一つひとつ捺されている

発行までに一年の時がかかったことについては「今はいろんなものが(ネットやデジタルで)簡単になっているけれど、そうではない流れで(進めてきた)。(伝統製法による長期間で作り上げる)『巻鰤』の製法と同じ」という。スローフードならぬスローエディションで出来上がっているのだ。即成情報誌や即成WEBメディア記事とは違う。

本に差し込まれたいた1枚ものの印刷物。プロジェクトのコンセプトと説明(裏)がある。

本号には<巻鰤>という表記しかないが、挟み込まれた解説文に1箇所『ORIGO JOURNAL』とある。本号の内容を邪魔しないように別紙にしたのか。これがこのヴィジュアル冊子の通称なのだろう。しかし、そんな定番なスタイルのことはどうでも良く、マテオさんが取り上げて発信する特集に着目していきたい。

吊り下げた鰤が撮影されたのはORIGOにある土蔵
能登和紙を敷いた撮影にもこだわりが見える。
マテオさんによる巻鰤を使った一品。イノシシの脂を使ったタルトとオスミックトマトなどと。
リリースされた1st issueを手に取るマテオ・アルベルティさん

マテオさんは今回の販売収益で、年2回発行を目標に2nd ISSUEの制作を行うことにしている。本号では海と里海を背景にした伝統製法の保存食「巻鰤」を取り上げたが、次は山や里山を考えているようだ。そのためにマテオさんは2024年3月に北イタリア、ベルガモの近くの山のレストランで修業することが決まっている。日本は海の文化が強いが、イタリアでは山の文化、肉の文化を学んでくるという。

本号を購入して家に帰り、1ページ目を開くと坂本新一郎というひとの言葉が書かれていた。説明はないが奥能登の伝説の宿「湯宿 さか本」の坂本新一郎氏の言葉だろうと思われる。

「正しいこと」だけは時の影響をうけないだろう。


本号は2023年12月の段階でECサイトでの販売も準備中とのこと。まずはORIGOのinstagramをチェックしておくのが良いようだ。
『巻鰤 Makiburi 』FIRST ISUUE(ORIGO JOURNAL)
価格2,500円+送料
ORIGOのinstagram はこちらから

※本文は筆者が聞き取った話と参考記事などから推測も含めた個人的見解で構成した内容です。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。