
- 書名:「カフェーの帰り道」
- 著者:嶋津 輝
- 発行所:東京創元社
- 発行年:2025年初版 2026年2月第5刷
バーやスナック、喫茶店、カフェといものはなぜあるのか。なぜ、なくなってしまわないのか?あるから行く人がいるのか?行こうとする人がいるから店は続いたり、なくなってもまたできるのか?
そこで働く人の人生や、利用する客というのを客観的に見るようになってきた。それまでは、馴染める店を探すように徘徊していたが、いまは幽体離脱のようにその席に座る自分を見ている。店主と話す自分を自分で見ている感じだ。他の客については生理的な感覚もあるので、この著者・嶋津 輝のように完全に客観視する体力がない。
この本は、大正から昭和にかけて隆盛を見せていた<カフェー>で働く<女給>たちを、スケッチというよりは、記録したような連作の短編だ。短編が進むごとに時代も変わっていく。
著者本人も、その時代を生きて来たわけではないのに、多くの資料や記録からそれぞれのキャラクターとその生き方、人生を描き出したことはすごい。
カフェーの名をつけた店の始まりは1911年(明治44年)に東京銀座京橋にできた、パリのカフェを模した『カフェー・プランタン』だ。本場パリのカフェには男の給仕(ギャルソン)がいたが、こちらは<女給>だった。経営者が画家であったことなどもあってハイカラで文化的な世界だったと思われる。
<カフェーの女給>という職業が生まれて、その呼び名はしばらく続いた。しかし、その仕事のイメージは変化していった。最初は給仕だったが、大正12年の関東大震災の翌年あたりから、コーヒー、洋食、酒がメインの飲食店から、女給のサービスを売り物にするように変化していった。
女給のコスチュームは大正15年あたりから、着物にシフォンのメイド・エプロンというのが定番となった。

本作はカフェーが登場してから十数年の大正の東京・上野にある「カフェー西行」から始まる。この店はひっそりと、上野の繁華街から外れた一角にある。
流行店とは違って、いたってのどかな感じがする。
戦前・戦中・戦後へと「カフェー西行」「喫茶西行」「純喫茶西行」と姿を変えながら営業を続けてきた。
そこで働く女給たちは実に個性豊かだ。
竹久夢二風の化粧をして話題になり、新聞にも取り上げられたタイ子。虚言癖の美登里。小説家志望で一度は就職するも30代になって女給に戻ったセイ・・・
辞めたり、店主と結婚したり、それでも<カフェ西行>は開き続ける。
そして、ここに描かれるのは、<女給>である彼女たちの何気ないエピソードだ。戦争とか大きな時代の事件もあるのだが、そこはフィーチャーされない。空襲など直接的なシーンは書かかれない。背景で戦争を描いたりしているのだ。
戦争の影が見え始め不穏な時代を迎えるとともに、家族の出征があったりと悲しい話も増えていく。ただその先には復興への希望のラストもある。
著者は「女性が職場でわちゃわちゃと集まって喋っている小説を書きたかったん」とインタビューで語っている。また、「物語を書きたいというよりも人を書きたいという気持ちが強い」とも。
この本を読んでいると、自分が徘徊していた夜の街で見たものと時代を超えて重なり方をしてくる。あーそうか、この短編たちは読む人によって見えてくる人の営みというものが違っているのだろうな。
酒でも料理でも、「食」を提供する者は、マーケティングリサーチのデータや分析を検証することも大事だが、そこにいる「人」をよく見るべきだと思う。そして一緒に働く、もしくは働いてくれる人たちのことも。人を見ないと人には寄り添えない。寄り添えなければ、店は続かない。そんな時代にいるのだと思う。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。