今年の3月末、長崎にある92年続いた卓袱(しっぽく)料理の老舗料亭「春海(はるみ)」さんがお店を閉じるということで、卓袱料理のレシピを公開させていただくために研修という形でお伺いしてきました。
自分は和食全般をやってきましたが、卓袱料理を習ったことはありませんでした。卓袱料理というのは大皿の料理なので、昔のホテルの宴会料理が近いかなというのはありました。そう考えるとちょっとはやってきたかなという思いがあったのですが、お話を聞きながら習うことで地域の特殊な文化から生まれた料理であることがわかりました。
卓袱料理というのは簡単に言ってしまうと、大皿に盛られた豪華なおもてなし料理というところでしょうか。割烹などにもありますが、料亭で味わうイメージです。冠婚葬祭では仕出しでとることもあるようです。
長崎は貿易で外国のものが一番最初に入ってきたところ。なので、江戸時代以前は忌み嫌われていた卵とか油とか、中国から来て初めて料理に使われたのが長崎って多いんです。さらにオランダ、ポルトガルとの交易。だから和食のものもあれば、洋食っぽいもの、中華っぽいものもある。それがうまく合わさったのが卓袱料理という感じです。
なんでもありと言ったらあれですけど、ジャンル問わず、ですね。それと鰭椀(ひれわん)という鯛の身と飾りの鰭が入ったお吸い物で宴会がスタートし、その後に出される大皿は、直箸でとるというスタイルもあり「家庭的なもてなし料理」って言われるのかなと思います。
女性たちがつなぐ卓袱料理
卓袱料理専門店も発祥地の長崎でも今や4軒程度となってしまっていたのですが、その1軒が春海さんでした。
女将さんに伺って知ったのですが、これまで厨房に男性が入ることはなかったとのこと。卓袱料理は男性の板前さんが作るものでなく、長崎弁でオカッツァマといわれる女将さんのおもてなしとして、厨房の女性たちだけでやっていくものだったということでした。
他の料亭って絶対に板前さんがいて、不動のレシピを受け継いだりしますよね。
そこでは、女性の気遣いとか、柔軟な発想とかっていうのがうまく生きてると同時に、お母さんの煮っころがしみたいなものも出てくるみたいなイメージでしたね。
例えば、椎茸の煮物。
自分たち男性料理人がやると、例えば見た目に美しく見えるように濃い醤油などで色をつけないとか、椎茸の味が活きるように焼いてから炊くとかいろんなことをやったりしますけど、これは本当にシンプルな家庭的な味つけですね。
春海の厨房では女将さんと、その妹さん、補助の方が二人くらいと、娘さんが二人いて、お手伝いしてくれました。
女将さんも料理の仕込みが終わったら着替えてお料理を出し、お迎えもします。
作る人も、もてなす人も一緒なんですね。
卓袱料理にはフカも使います。サメですね。サメも、長崎の名産なんです。
これは魚屋さんがおろして、湯引きなので湯がいて持ってきてくれる。それをちょっとカットして出していましたね。
家庭的な料理とは言っても、長崎ならではの食材を使った料理が多いですね。フカもですが魚では鯛、ひらす、ぶり、ひらめ、いか、アジとか。
豚肉も使いますし、野菜とか調味料とかは、女将さんとかのアレンジで、その時の美味しいものを選びます。
実は、厨房に最初で最後に入った男性料理人として、なぜか賄い料理を地元のものを使って作らせてもらいました(笑)。
花嫁修業の一貫として、こういう料亭さんに入って卓袱料理を学びに来る女性もいるそうです。それがまた家庭に戻って行って、長崎の家庭の味にもなるんでしょうね。
やはり、印象に残ったのは「はとし」ですね。エビのすり身の揚げ物です。
エビのすり身を食パンで挾んで油で揚げるんですが、明治の頃に中国から伝わって、卓袱料理に加わったようです。
今までいろいろ修業先がありましたけど、すり身に砂糖を入れたところは無かったですね。最初に砂糖を入れると言われたときはホントにびっくりしました。長崎、九州の味ってちょっと甘めに作ってますね。でもそれが美味しさを増しています。
卓袱料理は大半が大皿から呑水という陶器の匙と直箸で皿に取り分けたらそのまま食べられるように調理してあります。
だから、すり身にも味付けがしてあるんですね。懐石料理とかのコースではすり身を出す時、塩がついたり、天だしが付いたりしますけど。
それと、他の料亭さんでもサンドとかいろんな形で「はとし」は出しているそうなんですけど、春海のは丸いんです。それが女性らしい上品さがありカワイイ。ぜひメニューに取り入れたいと思いました。
フルーツなどの水菓子のあと最後に「梅椀」とよばれる甘いものを出すというのも定番だそうです。一般の料亭では通常は紅白の丸餅入りのお汁粉ですが、この日の春海のお汁粉は白玉と桜という具合でした。
献立は水菓子にメロンと苺グランマニエとか、現代風になってきている部分もあります。女将さんの勉強の仕方や、お客さんの要望によっても変わる部分があるようです。
女性による卓袱料理の柔らかさ
実際に現場に入らせていただいて、女性の厨房も厳しい世界なのは感じました。
女将さんが兼料理長で、妹さんが副料理長で、家族でもしっかり縦の関係ができていて、そういう点では自分が育ってきた男社会の厨房と同じでした。
違う点としては、料理にもやはり女性ならではの気遣いが見え、「やっぱり女性だなあ」と感じるところは多かったです。
”柔らかい”んですよね。
色の使い方も、盛り付けも、やはり男性にはできない柔らかい表現が女性にはできるので、どこか懐かしいじゃないですけど、暖かい料理ですね。
前回、実際に「はとし」をレストランメニューとして作るにあたって、女将さんに電話で質問もさせて頂き、丁寧に教えていただきました。
応援してくださっているので、また卓袱で作りたいものがあったら連絡させていただくつもりです。女将さんたちが作ってきた卓袱料理のレシピを良い形で残していきたいですね。
今まで自分がやってきた料理って、懐石料理もフレンチもそうですけど、個人個人の料理ですよね。
大皿には大皿の美しさとか、豪華さがあるんで、そこをうまく取り入れられたら、家族で来て頂いても食べる楽しみの幅が広がると思っています。
A_RESTAURANT料理長 今英之(談) 補足加筆:RIFF編集部