2022.07.20

『ボイリング・ポイント/沸点』
レストラン映画は心臓に悪い

ボイリングポイントのイラスト

『ボイリング・ポイント/沸点』は2019年フィリップ・バランティーニ監督によるイギリス映画。2022年7月、日本公開されました。

血圧上昇90分ノンストップ映像

人種や国籍、移民、労働者階級、言葉、人格、ジェンダー、メンタルヘルス問題、ベースアップ、経営能力、プライド、借金、よりによってHACCP(ハサップ)監査。あらゆる問題と面倒を、クリスマスイブ前の金曜の予約過多100席を超える高級レストランに放り込んで、ノンストップ90分、カメラを回し続けたのがこの作品です!

さらに大きな問題。オーナーシェフのアンディー(スティーヴン・グレアム)は妻子と別居し眠れずアルコールに依存し疲弊中。遅刻を続け、HACCPの未記入とスタッフの衛生管理を指摘され減点(指導が入りました)、仕入れも怠り食材が足りない状態でロティシエールにはキレられます。もし自分がオーナーならと思うと脂汗が・・・。カメラ視点の観客である自分も、そこに放り込まれたようで血圧は上がります。。

こんなふうに書いてしまうと、NYトライベッカのイタリア料理店の一夜を舞台にした映画「ディナーラッシュ(2000年)」を思い浮かべる人もいるかと思います。たしかに本作には貸した金をネタに共同経営者になろうとするライバルも出てきますが、「ディナーラッシュ」のほうの相手はマフィアであって、殺人も起きるストーリー中心のサスペンスコメディです。ジャクリーン・ビセットの1978年「料理長、御用心」もサスペンス・コメディでした。

でも、本作はほぼリアルタイム・ドキュメンタリーの体。笑えますが、コメディではありません。目を離せないのに逃げ出したくなる映画NO.1です。

2019年の木村拓哉主演ドラマ「グランメゾン東京」は三つ星を狙うという、韓国ドラマによくあるレストラン同士の戦いが中心でした。そこへそれぞれのキャラクターが持つ背景を絡ませていくという、漫画のようなわかりやすい構成だったと思います。セットや厨房、スタッフ、エキストラの動きにリアリティが感じられなかったのが残念でしたが、三つ星名店『カンテサンス』監修の料理を見るという楽しみはありました。『ボイリング・ポイント』にはアップでお皿の中身を見惚れさせてくれる場面はありません。

『ボイリング・ポイント/沸点』はロンドンの実在の人気レストラン『ジョーンズ&サンズ』が使用されました。リハーサルも含めキャストが慣れるため4週間、店を借り切ったのです。もちろん、その間の補償をして(店のサイトには映画の告知が掲載されています)。

レストランにいる全員が何年も働いていたり、小さく映る客が本当の客に見えたのはそのせいなのです。ここまでとは言いませんが、日本でもこういうドラマを作るなら考えてほしいリアリティです。

実はフィリップ・バランティーニ監督、このレストランで短い間ですが働いたことがあり、オーナーとも友人だったそうです。ノンストップ90分なので4週間借りて撮影は1日だけです。そして監督が店の構造と厨房の仕事、ホールの仕事、レストランの客がどんな人たちかをよく知っていたからこそできた映画だと思います。

映画で学ぶ(べないけど)レストランの
危機予測とコミュ力

ある意味、内部でどんないざこざがあっても、客席にそれを気づかせないという凄さを持っているのが一流のレストランなのでしょう。やはり、それは力技かもしれませんが司令塔がまだ機能しているからでしょう。

映画を観て再認識したのは、実際のレストランのすべての問題はほぼ内在しているのだと思ったことです(たぶん)。内部のことが解決できる能力を持っていれば、外部からの問題にも立ち向かえる気がするわけです。

ところが本作ではこの崖っぷちオーナーシェフが司令塔の機能をなさなくなっていきます(恐ろしい!)。それはスタッフやホールに伝わり、客席の問題は容赦無くデシャップ越しに厨房に投げ込まれます。

司令塔が崩壊していく中で、黒人女性のスーシェフ(ヴィネット・ロビンソンが副料理長になりきっている!)が声を張り上げながらも頑張ってシェフもスタッフも制していきますが、白人女性マネージャーの無理な注文にキレてしまい、マネージャーはスタッフに嫌われたと泣いてしまいます。

でも一流レストランはコース料理を止めません。辛口で面倒なグルメ評論家も来ています。「鴨の肉はピンクです」と伝えても焼けていないという客。レストラン映画ではいつも食欲がでるのに、私はこの映画ではまったくなくなります。

人種や言葉の問題も出てきます。シェフの言葉は聞き取りにくいのでスタッフに嫌味を言われます。たぶん、訛りの強い地方の出身か、コックニー※なのでしょう。ソーシエは若いフランス人女性で英語がはっきり聞き取れません。日本では少ないかもしれませんが、今後はそれぞれの専門が外国人という状況になってもおかしくありません。(※東ロンドン=East Endの労働者階級の人達が使う癖の強い方言。)

バランティーニ監督は自分の作品にあえて社会問題を入れ込みます。今回もレストランの一夜に凝縮して、これでもかというほどぶち込んできました。日本でもこれからもっと顕著になっていく問題でもあります。

冒頭に書いたあらゆる問題というのは、どこのレストランでも起こりうる「想定される危機」を多く含んでいます。残念ながらこの脚本にはショックな結末があっても、その答えは落ちていません。しかし、わが身に置き換えての危機予想はできます。今のうちに映画から学んでおきたいものです。

レストランのスタッフたちはシェフの言ったことは絶対なので「イエス、シェフ」とは言いますが、要求もしっかり言葉にします(受け入れられるかどうかは別ですが)。映画を観て、もしかして、言葉にしないことが多い(と思う)日本人同士の方がコミュニケーションが難しくなっていくのではないかと少し思ったりしました。シェフはメニューや経営や料理以外にスタッフの気持ちを「汲み取る」という作業を強いられます。当たり前で大事ではあるのですが、不毛な作業になることもあります。

現代の料理の現場で働く人は、考えていることを声にしてほしいと思うわけです。そして司令塔となる人はできるだけその環境を作ってもらいたいと思います。お互いに寛容になり、尊敬しあって、おいしい料理を作って、楽しい時間を提供できるように。決してボイリング・ポイントに到達しないように。

スタッフの感情が沸騰直前のレストランに招待してくれた映画ですが、実はエンディング場面のシェフが「沸点」だったのではと思います。途中で逃げ出さず映画を観てお確かめください。

セテラ ・インターナショナル 公式サイトより
WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。