2023.04.26

あまから手帖「日本酒の味」 
【私の食のオススメ本】

あまから手帖 表紙

  • 書名:あまから手帖 日本酒の味 2023年4月号
  • 発行所:株式会社クリエテ関西
  • 発行年:2023年

『あまから手帖』は1984年に創刊された。休刊、復刊を繰り返しながらも関西の「食」を発信、育ててきた雑誌だ。お店案内、レシピ、手土産、美食の旅、街の食べ歩き、食のエッセイや雑学など。40~50代以降の関西人に長く愛されてきた。

1996年に出版社が大阪ガスと毎日放送の合弁会社『クリエテ関西』となり、編集クォリティもますます高くなった。30人ほどの編集者、フリーライターがまずは名前を伏せて店を訪れ、味・接客態度などから厳しく店を選び、改めて取材を申し込むスタイルをとっている。しかし、取材先が高級店だけというわけではなく、居酒屋や立ち飲みまでその魅力を丁寧に記事にしている。

読者との信頼関係はこうした出版社の姿勢から生まれる。またクリエテ関西は2021年、注目される料理人が、最新の技術から過去の仕事までを公開するという、プロの料理人のための和食専門ウェブ・マガジン『WA・TO・BI~和食の扉』の運営も開始し話題となっている。何人かの知り合いのライターも参加しているが、料理人に信頼されるメディアに育ってほしい。

2022年9月に中本由美子氏から江部拓弥氏に編集長が交代し、今年から誌面もリニューアルされた。江部氏は元dancyuの編集長(現編集長は植野広生氏)。別冊編集長も務め『日本一のレシピシリーズ』は累計150万部を超えた。

江部拓弥氏はdancyu時代から、取材やライティングにうるさかった。たとえば「常套句はできるだけ使わないで説得力のある文章に変換すると読者がより関心を持ってくれる」と以前ライターにアドバイスしていたのを覚えている。

そのせいか新しい『あまから手帖』はテキストの量が多いのだが、抽象的な言い回しや形容詞が少なく。読んでいくと取材対象の輪郭から内面までがするするっと伝わってきてその量が苦にならない。

そんな創刊38年目となった『あまから手帖』4月号の特集は「日本酒の味」。日本酒を愛すお店と客、そして造り手が生み出す”日本酒ラブ!”な世界を取材している。

特集の導入に小津安二郎監督の『秋刀魚の味』の話がでてくる。映画には秋刀魚が一度も出てこないのに、日本酒はちょいちょい顔を出し、(小料理屋で)笠智衆が同級生と酒を酌み交わすシーンが実にうまそうで愉しそうで「酒」はこうでなくては、と。

編集長も生まれる前の映画なのだが、これは一気に日本人と日本酒の関係を結論づけている。続く店の取材では映画公開の60年後でもその関係が続いていることを確認させる。そこに写っている人たちは皆、<うまそうで愉しそう>なのだ。

そして関西の角打ちカルチャー。京都の角打ちシーンに吹く新しい風。酒販店に立ち飲みコーナーという昔ながらのスタイルなのだが、酒のセレクトや呑ませ方にそれぞれ個性がある。ある店は、和洋ミックスの料理と客が知らない酒を揃えるようにするなど、立ち飲み屋が酒屋をやっている様だ。そこには「若い蔵元たちが造った酒を飲み手に直接届けたい」というオーナーの思いがある。

ビルの3階、土壁と木の内装の『木になる酒店 tane』はワインカーブで試飲をしているかの様であり、客の日本酒との相性カウンセリングをする店である。有料試飲900円では3つの盃に違う種類の酒が順番に注がれる。よくある60ml3種の飲み比べではない。(ソムリエのいるワインバーでもここまではないなあ)読んでいて行きたくなること必至。

変わって大阪の「ネオ立ち飲み」。『スタンドうつつよ』はどぶろく醸造所と併設。オーナーが遠野の古民家オーベルジュ『とおの屋 要』の料理人・佐々木要太郎氏のどぶろくの出会いからこの店を始めた。自前のどぶろくは夏からのリリースだが、何種かのドブロクと他の酒30種ほどが揃っている。

富山県魚津出身のオーナーの店『スタンドUOZU』の2号店が天満市場の近く『バッカスUOZU』。富山全19蔵から日替わりで6種ほど揃えていて、地ビール『KOBO』の生も飲める。手に入りにくい『かちこま』の生原酒もあるとのこと。こてこての大阪の真ん中で、入れば富山!な店。取材者はどこでもドアを想う。

また本誌では3ヶ所の蔵を取り上げている。いずれも小さな酒蔵だが、そのストーリーを読むと「日本における酒蔵を続けるということ」を考えさせられる。

そのうちのひとつ、滋賀県大津の『浪乃音酒造』は10代目蔵元・中井孝氏その兄弟三人の杜氏で守られてきた。そこへ蔵元の長男が福島の『曙酒造』での修業を終え戻る。

その修業は最先端の酒造り。実家に戻った長男は、代々造り続けてきた『浪乃音』に加えて自身の酒『te to te』を造った。ネーミングは修業期間も現地で過ごした長男の妻だという。

社員杜氏を育てる「名手酒造店」、二人だけで造る加古川唯一の蔵「岡田本家」のストーリーも読む。企業化された新しい生産システムでの酒蔵やメーカーもあるが、どういう形にせよ、そこで働く人たちには、血縁でなくても当別な家族の様な関係が生まれるのではないかという考えを否定できなくなった。

余談だが、この雑誌の紙と印刷がえらく質が良い。表紙は紙も厚くツヤのあるPP貼りはしっかりしていて、裏表紙はなんとマットのPP貼り。オールカラーの本文の紙は木材パルプを使用しない『ユポ』の様に見える(「森林資源の保護」を目的に作られた強くてしなやかな「フィルム法合成紙」)。

雑誌が衰退している時に、なんと贅沢な作りでうらやましいことか。発行部数はここ15年くらい10万部を保っているようだ(ほぼ関西)。読者や取材相手が手にした時の質感を上げ、長く保存できる雑誌づくりを目指している様にも思う。

(しかし、関西で酒や食関係で大人に評価してもらうには『あまから手帖』しかないのだろうか?)とりあえず、この「日本酒の味」特集号を持って関西にでかけたい。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。