2024.06.04

杉之原千里『みいちゃんのお菓子工房』
【私の食のオススメ本】

  • 書名:みいちゃんのお菓子工房
    12歳の店長兼パティシエ誕生〜子育てのアンラーニング〜
  • 著者:杉之原千里
  • 発行所:PHPエディターズ・グループ
  • 発行年:2024年

みいちゃんの母親である著者、杉之原千里さんは「〜私は、ただただ、我が子の笑顔を再び見たかっただけなのです。そのための第一歩は<親が自分の持っている固定観念>を捨てるところから始まりました〜」とプロローグで語っている。

これは、みいちゃんという女の子を追ったドキュメンタリーであって、お母さんの日記だ。

この本を読んで気づかされたのは、自分には、この歳になっても自分が安心したいために相手に普通であること、こうあって欲しいと思う気持ちがまだ残っていたということだ。つまり自分には相手を理解しようとする気持ちに溢れていると思い込んでいたのだが、足らなかった。どうやら立ち位置を間違えて生きてしまった。それを教えてもらった。

そして学び直したことは「喜んでもらうために食べ物をつくる」というシンプルなことだった。

みいちゃんは12歳で店長兼パティシエになった。

みいちゃんは小学校入学直前に<自閉スペクトラム症>で<選択性かん黙(場面緘黙症)>と診断をされた。家で家族とは普通に話せるのに、保育園や学校では緊張で硬直して声が出なくなる。給食も食べられず、トイレにも行けない。

大喜びで遠足に持っていったお母さんのキャラ弁も水筒のお茶も飲めずに帰宅するのだが、みいちゃんは家に帰ってから食べて「ママ、お弁当おいしかった!」と話す。そこには後ろめたさなどなく、本当に楽しんで食べるのである。著者はみいちゃんの自己肯定感の強さを理解し始める・・・

自分と著者を、本書の内容を介して繋いでくれるワードは「アンラーニング」。そして親であること。子供に対して過去や社会が作り出した「普通」を求める限り、その子の「自律」も、「自立」も遠い。

みいちゃんは場面緘黙症もあり勉強が追いつかなくなり、小学4年で不登校になる。著者は、よほどの覚悟で決めたこととそれを受け入れ、スマホという、アプリのたくさん入れたアイテムを渡す。社会との接点を途切れさせないためだ。

みいちゃんは、規則正しい生活を始める。SNS、料理や学習アプリも使い、様々なことを検索し始める。学校では硬直しているだけの時間が、自由な時間となった。これこそTECだ!

みいちゃんは、インスタグラムで初めて自分ひとりで作った焼きおにぎりを投稿。91人の「いいね!」がつく。コメントにみいちゃんは返事を書き始める。初めて家族以外とのコミュニケーション!

そして創作の興味はおにぎりからお菓子へ。学校に行くことなくお菓子を作り続ける充実した日々。母である著者は「学校へ行くこと」が至上命題ではなく「自由をあげる」という選択肢に気づく。学校に行くこと、授業を受けることが当たり前だとしか考えていなかった著者に、それはおかしいと気づかせてくれたのはみいちゃんだった。アンラーニング!

やがて、多くのレシピを自分のため、家族のために作った時期が過ぎ、みいちゃんは「お友達のためにお菓子を作ってプレゼントしたい」と言い出す。箱に詰めたお菓子をお母さんと一緒に友達の家に行き渡すと「わあ、みっちゃん。ありがとう!むっちゃうれしい‼️」の反応。

みいちゃんは強い自己肯定力と「お菓子の力」で場面緘黙症)のハードルを越え始める。

ここからみいちゃんの人生は一気に新しい世界へ動き始め、自分の作ったお菓子を提供するカフェの店長へと成長していく・・・

最初に書いたように「人のためにレシピを考え料理を提供する」という当たり前のことがいかに大切かを再確認したのも本書だ。

「読めばわかるよ」というのがこの本だが、著者の無駄のない1行1行を読んでこそ、母の気づき、そしてみいちゃんの頑固にも見える純粋な思考の源泉が見えてくる。

みいちゃんは喜怒哀楽の感情表現を10点満点中の何点かで答える、という話が出てくる。「楽しい」という曖昧な言葉や表現は理解しづらいのだ。中途半端に楽する加減がわからなくて0か100でお菓子作りをする。頭の中が数字で整理されているみいちゃんはパティシエが天職かもしれない。



余談だが、90年代末、ヤマト福祉財団の設立者、故・小倉昌男氏を四国の児童養護施設の理事長と訪ねたことがある。小倉昌男氏はヤマト運輸株式会社の元会長。養護施設を退所した人を雇い入れ運営する株式会社スワンの『スワンベーカリー』1号店が銀座にできて1年ほどの頃。

児童養護施設は原則18歳までしか入所できない。そのあとは親がいれば実家に戻るか、働くしかない。働き手として受け入れる企業があっても低賃金で自活していけないことが多かった。そんな中でスワンベーカリーは最低賃金10万円(当時)を目指し、ノーマライゼーション社会の実現に向けて創った会社だった。

現在は加盟店も含め、全国規模で展開されているスワンベーカリーだが、訪ねた当時はまだまだ課題が生まれている時だった。その課題を聞きに行った。そしてその後も全てが解決されるには時間がかかったのだと思う。

本書の中に流れる、自分の尺度や常識を捨てて、その人を「理解」するということがもっと早く始まっていたらと思う。


動画:スイーツクリエイターみいちゃんのお菓子工房チャンネル

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。