2020.04.28

料理人の家ごはん
episode3

beef-cutlet-and-shredded-cabagge

episode1 episode2 はこちら

カツの仕込みが終わったところで、いよいよキャベツの千切りに取り掛かることに。

やっと気がついた。

「あ、包丁が違う」

当たり前だ、家に片刃の薄刃庖丁があるわけがない。とはいうものの、薄刃がなければ吉兆一(当時しかも自称)の腕を見せることができないではないか。

今更嘆いても仕方ないので家にある包丁を見てみると、1本あるじゃないか!それは一昨年前のNY出仕事の際に包丁屋さんから戴いた、いわばセミプロ仕様の洋包丁。なんとかこれでやるしかないと決めて、キャベツを手に取った。

キャベツをまな板において、まず真上から4分の1にカット。その4分の1の芯に近い部分を外し、残りをまな板にぎゅっと押し付けて、その芯の向きに対し直角に刻み始める。

芯の方向に通っている繊維を細かく刻むことで食べやすくなるから、この方向に包丁を入れる。下に押して切るのではなく、包丁をほんの少し斜め前に滑らせるような感じだ。

ビールを飲みながら、長男Kに一通りこの理屈を話してからの、久しぶりの千切り。やはり薄刃ではないので、想像していたよりも若干厚くなってしまった。それでもまあまあの仕上がりに。

これがプロの千切りキャベツだ!

と表情で見せつけたかったが、”今どきはスライサーで簡単にできちゃうよな”と思い、なんとなく後ろめたくなり自制した。

刻んだ後は軽く冷水に落とし、皿に盛り付け、いよいよ揚げ物に。
正直言って、家での揚げ物は面倒くさいと思う。換気扇の出力が足りなければ油の匂いが漂うことになり、加えて使った油の始末も、これまた厄介なものである。

しかし、料理人の良いところは、キッチンの後片付けが全く苦にならないことだ。普段仕事している調理場よりもはるかに構造がシンプルで道具が少なく、スペースも小さいので、いつもの調子で始めたらあっという間に終わってしまう。そして、やっている本人は何の苦も感じない。一家に一人、料理人がいたらさぞかし便利だと思う。

深めの鍋に油を注ぎ、油温が上がるまでビールで一息。実はこの頃すでにビールに飽きていた。

油の香りが立ち上ってくると、そろそろ頃合いだ。パン粉を少し摘んで油に入れてみる。スーっと底まで落ちてスーっと上がってきたら適温だ。まるで長嶋茂雄のような表現だが、このように習った私はいまだに同じ表現を使って説明している。

衣をつけたロース肉をそっと油に入れていく。ジューって音が立ち始める。そこで長男Kに一言。

「揚げ物は音で判断するんだ。」
「はい。」
入れた際のジューっという音がやがてプチプチと少しキーが上がったような高い音になる。
「よし、ここだ。引きあげろ。」
「はい」
「この音を忘れるな。」
「はい」
「これが揚げる仕事だ。」
「はい」

もちろん油の種類や食材、鍋の大きさ、火力など様々な要因があるので一概には言えないが、概ね間違ってはいまい。

適切な油を使い、適切な段取りして、適温で揚げると、決して油ぎった料理にはならないのだ。

また、揚げ物が仕上がる瞬間は油の中にある時ではなく、油から揚げた直後である。若干ではあるが余熱で熱は入り続けるので、我々は常にそれを加味して火の通し具合を考えている。

仕上げた料理を盛り付けて、お味噌汁や少々の副菜を添えて、今夜の夕食「能登牛ロースカツとキャベツの千切り」が完成。さあ、食べようか。

2口、3口食べた頃、一緒に作った長男Kに

「どうだ、自分で作ったカツは?美味しいか?」
「はい」
「感想はもう少し具体的に話した方がいいぞ。」
「はい」
「わかったか?」
「はい」

もういいや。
次回の家ごはんを作る際も、またヤツに手伝わせよう。

fin

キャベツ千切りを作る銭屋・高木慎一朗とアシスタントShoji
厨房にて繰り返される千切りキャベツ修業の道。
キャベツ千切りを作る銭屋・高木慎一朗とアシスタントShoji
長男K君同様「はい」か「YES」で答える世界一有名なアシスタントShojiさん

石川県金沢市「日本料理 銭屋」の二代目主人。
株式会社OPENSAUCE取締役