2022.02.09

平野紗季子
私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。【私の食のオススメ本】

平野紗季子 私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。 表紙

  • 書名:私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。 
  • 著者:平野紗季子
  • 発行所:株式会社マガジンハウス
  • 発行年:2020年

平野紗季子は食べ物で生きている。いや、食べ物のために生きている。いや、食べ物があるから生まれてきた。食べたいものがあるから散歩をやめない。いや、散歩をするから食べ物が見つかる。犬かよ、である。

平野の散歩とごはんは、美味しいものジャーニーではないかもしれない。それは食体験という行為である。食体験に取り憑かれているとも言える。そういう意味では平野紗季子の旅は死ぬまで終わらない。死んでも終わらない気もして怖い。

それは、ポッドキャスト、SPINEARで配信されている平野紗季子の「味な副音声〜voice of food」を聴いているとそう思うのである。食べることに正直なのである。こんなに音声だけで実食が美味しそうに聞こえてくるのは類を見ない。怪しい。ゲタゲタ笑いながら妖気を感じる。

なぜなら、平野の言葉はナマ物のようで、食べ物と一体化して届くからである。爽やかで楽しくて面白いのに、ふと気づくと伊藤潤二の「うずまき」のような怖さがある(個人的な感想)。

平野紗季子は記憶ではコーヒーが苦手である。高校生の時にアルバイトしたお金で一人でレストランを予約して食べに行ったというから、平野の子供のままで、子供が持つそのまっすぐな好奇心と犬のように歩き出すパワーは何かの怨念のようなものかもしれない、と思ったりするのである。(以前RIFFで、平野紗季子のことは著書「生まれた時からアルデンテ」の紹介記事にも少しだけ書いている)

その平野が雑誌Hanakoの連載をまとめたものが本書である。2020年の8月、コロナ禍の収束を世界中が祈る中にこんなふざけたタイトルで発売された。しかし、タイトルの通りの内容であって、平野のメモ書きをそのままの配置で切り貼りして活字化したようなデザインは『路地の探検』のようでもある。

平野紗季子は食日記の達人である。そして街と人の観察者である。この本を読んで思い出した人物がいる、ミステリーの翻訳をこなし作家・片岡義男とともにカルチャー雑誌「宝島」後のホットドックプレス)の創刊を果たした「植草甚一」だ。ただし、あれほどの趣味人であったのに植草さんがグルメだとか食べ物が好きだったという話を聞いたことがない。

平野紗季子は植草甚一かもしれない。平野は1991年生まれだが、植草さんが唯一できなかった、食体験についての話を書きたくてその念を平野に託したのではないだろうか。そう思うと平野の散歩好きも言葉の面白さも観察力も、漂う爽やかな妖気も、合点がいくのである。

そういえば、植草さんの若者を街の散策に走らせた名著は「ぼくは散歩と雑学が好き」だった。

この記事では、その数があまりにも膨大なので一部の店や街や路地を記載するのはやめた。本を見てほしい。本の中の路地の行ったり来たりして、平野紗季子になってもらいたい。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。