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Hitoshi Miyata

『耕作』『料理』『食す』という素朴でありながら洗練された大切な文化は、クリエイティブで多様性があり、未来へ紡ぐリレーのようなものだ。 風土に根付いた食文化から創造的な美食まで、そこには様々なストーリーがある。北大路魯山人は著書の味覚馬鹿で「これほど深い、これほどに知らねばならない味覚の世界のあることを銘記せよ」と説いた。『食の知』は、誰もが自由に手にして行動することが出来るべきだと私達は信じている。OPENSAUCEは、命の中心にある「食」を探求し、次世代へ正しく伝承することで、より豊かな未来を創造して行きたい。

  • 松竹梅のステーキ

    子どもの頃から食い意地の張っていた私は、高校生になってアルバイトをして稼ぐようになってからというもの、その僅かなバイト代が入るとレコードを買ったり楽器の弦を買ったり絵具を買ったりと、貯金なんかするわけでもなく、宵越しの銭は持たない精神で、良い表現をすると未来の自分への投資に使い果たしていた。 そして……

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    Hitoshi Miyata 2019.11.02
  • とんぼ堂の思い出
    昭和が終わる何年か前、私が中学生の頃だったか、その頃に住んでいた武蔵境駅から少し歩いた家の近所のマンションの一階に、突如として現れ…
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    Hitoshi Miyata 2019.10.30
  • 原宿のチャンポン麺
    原宿のとんちゃん通りといえば、以前「ウニソース」の話で書いた通りだが、私は三年に一度ぐらいのペースで急に「チャンポン麺」が食べたく…
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    Hitoshi Miyata 2019.08.23
  • とんちゃん通りのウニソース うにソース
    うにソース
    二十歳になる少し前のある日、親父が何故だか急に、スーツを仕立ててくれると言った。私にとって初めてのスーツだった。 一緒に青山一丁目…
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    Hitoshi Miyata 2019.01.23
  • ハムエッグの話 ハムエッグ
    ハムエッグ
    母方の祖父母の家は宮城県仙台市の中江という場所にあった。 この話の冒頭、自分がどこに住んでいたのか記憶が曖昧なのだが、仙台市内の蟹…
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    Hitoshi Miyata 2019.01.21
  • バルセロナのパン・コン・トマテ
    2017年の7月に、スペインのバルセロナとサン・セバスティアンまで出張に行った。 その出張のコンセプトが「食べ歩く」という趣旨だったので…
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    Hitoshi Miyata 2018.11.22