2022.03.15

土井善晴×中島岳志
料理と利他【私の食のオススメ本】

料理と利他 表紙

  • 書名:料理と利他
  • 著者:土井善晴×中島岳志
  • 発行所:ミシマ社
  • 発行年:2020年 

これはコロナ禍だから生まれた、オンラインセミナーでの対談である。コロナ禍で世界中の人間がどういう生活をしていくかを見直し始めた今、料理と料理をすることの意味から「コロナ時代の生き方」を考える本でもある。

政治学者の中島岳志は2020年2月、東京工業大学で立ち上がった「未来の人類研究センター」という組織で「利他プロジェクト」をスタートさせたが、真っ先に会おうとしたのは土井善晴だった。

中島岳志は「利他」を考える本質が土井善晴の料理論にあると直感したという。特に土井の「一汁一菜でいいという提案」が、一つの「救済」になっていたからだ。土井のこの提唱は食卓にたくさんのものを並べることがいいことだ、という食卓の呪縛を解いた。土井がテレビの料理番組でよく言う「いい加減でいいんですよ」の言葉に救われた女性が多かった。中島はそれに利他を見た。

ただ、「一汁一菜でいいという提案」については阿古真理が自著「料理は女の義務ですか」で、「お母さんが料理をしてくれることは愛情の証」という土井のもつ前提は、近代史に見る女性を台所に閉じ込めてきた考え方ではないかと疑問を呈している。

阿古真理の自著のタイトルは誤解を招くものだが、内容は「料理を嫌いにならないで、嫌いになるなら作るのをやめてみて」という本である。行き着くところは土井善晴と同じ方向であるようにも思う。土井善晴は疲れている時は冷蔵庫にあるもので一汁一菜でいい。毎日、ハレの食事を作らなければとプレッシャーを負う必要はないと言っている。

本書では食べる人ではなく「つくること、つくる人」にフォーカスしている。そしてつくる人、食べる人、この関係の間にある「利他」を中島岳志と語り合っていく。また、土井善晴は河井寛次郎の「民藝」に出会い、そこからそれまで料理人として下に見ていた家庭料理に対する考えを改め、家庭料理こそ民藝だという料理感を持つ。

「おいしさや美しさを求めても逃げていくから、正直に、やるべきことをしっかり守って、淡々と仕事をする。すると結果的に、美しいものが出来上がる」

民藝の器には銘がない。「道具は要望に無心に応えようとしている」
土井はこれが、料理に、和食に、家庭料理に通ずると考えたのだ。家庭料理には作為あるクリエーションが不要だ。無心に他のために作る。数回に及ぶオンラインセミナーでは、中島が料理番組のアシスタントになり、土井が料理をしながらこのことを含む話を展開する。

果たして自分に利己の奥にある利他を引き出して行動をできるだろうか。しかし、それが料理から始められると思えるのがこの本だ。そして、自然に沿う料理である和食をもっと知りたいという気持ちが大きくなったのも事実だ。まな板から始めよ、だ。

コロナ禍が収束していない状況では厳しい経済環境が続く。背に腹は代えられないと言って負を他に転嫁するばかりでなく、こういう時にこそ利益の基準を見直して新しい価値を創出すべきだと思う。「新しい生活」とは「利他」から始まるのかもしれない。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。