2021.01.05

料理人の休日

炊いた白飯

これは2008年から2013年まで ニュー・サイエンス社発行「季刊・四季の味」に『銭屋の勝手口』として連載された銭屋主人・髙木慎一朗による随筆の一編です。連載では料理人である筆者の目と体験を通して日本料理の世界と人、美味しいものなどについてが綴られています。今回はNo.57 2009年6月7日発売号に掲載されたものを出版社の許諾を得て掲載いたしました。 


毎日カウンターに立っていると、お客様と色々なお話をするのですが、「休みの日は何を食べてるんだ?」とか「どんなお店に食べに行くんだ?」と、しばしば質問されます。

どうも、私達がお店以外でどのような行動をしてるのか興味があるようです。

いくら日本料理を専門にしているからといっても、一年中日本料理しか食べないわけではありません。特に、調理スタッフが毎日食べている賄いなどは、ウチではジャンルを問わずに作らせております。

日々忙しい生活を送っているゆえに、健康管理の観点からも毎度の食事は非常に大切です。

栄養のバランスを考え、かつ限られた食材を使って作ることも料理人としては極めて重要な仕事の一つと、私は考えております。加えて、日本料理の職人だからといってそこそこ上手にコロッケやパスタを作れないようでは、ちょっと心もとないと思ってしまいます。これはもちろん、賄いレベルでの話ですけどね。

そこで今回は私が銭屋の外でいただいた食事について書いてみようと思います。いわば私の食べ歩き日記のようなものですが、機会があったら読者の皆様にも、ぜひお出かけいただきたいお店ばかりです。この際ですから、いろいろなエピソードと共に紹介させてください。

うなぎの公楽(現在は新公楽が営業中)

金沢にいて、鰻を食べたいと思ったらまず思いつくのが、金沢から車で一時間ほど走ったところにある七尾市の「公楽」です。カウンター六席ほどのお店を、ご主人と奥様の二人で切り盛りしていらっしゃいます。このお店とのお付き合いは長く、私が物心ついた頃から鰻といえばこのお店を思い浮かべていたほどです。というのも、こちらの御主人とウチの先代とは金沢市内の料亭で一緒に修業していた仲間でした。

以来、長きにわたって家族ぐるみでのお付き合いをさせていただいております。

「公楽」では、活きた鰻を捌いてスグに串を打って、備長炭で焼いて、蒸さずに仕上げます。

カウンターに座って、その一連の仕事を見ながら、ビールでも一杯飲みながら、

「早く料理出てこないかなぁ。美味しそうだなぁ」と考えながら待っている、その時間が何ともたまりません。

こちらに伺った私がまずお願いできるのは、白焼きです。炭火で焼いただけのシンプルな仕事で、「公楽」ではわさび醤油でいただきます。皮がパリっと、身がふわっと仕上がった鰻は、しっかりとした旨味を持ちながらもあっさりとしているので、ペロッと食べてしまいます。

そして、いよいよ蒲焼きの登場です。たれをつけて焼く日本料理の焼物は色々ありますが、その中でも鰻の蒲焼きは、炭とたれの香ばしさの相性を最も魅力的に仕上げたものではないかと思います。粉山椒をチラリとふって、白い御飯と一緒に食べたら、そりゃあもう美味しすぎて、喋っている場合ではありませんわ。

ここで一言ご注意です。「公楽」で蒲焼きと御飯を楽しむ際は、かならず「白い御飯をください」とお願いしてください。単に「御飯ください」では、ちょっと違うものが出てきます。この点で、銭屋の料理長を務める弟の二郎は以前、失敗していました。

私と二人で伺った時のことです。美味しい蒲焼きをつまみにちょっと飲んだ後、二郎が蒲焼きと一緒に御飯を食べようと三切れほど残して「御飯ください」とお願いしたのです。即座に御主人が「あいよっ」と返事してくれたのですが、なかなか御飯が出てこなくておかしいなと思っていたそうです。そしてしばらくたって、「おまたせ」と、見事な鰻丼が出てきました。

それまでの経緯を私は全く知らなかったのですが、白焼きの鰻を一匹食べた後、さらに蒲焼きをおかずに鰻丼を食べている弟を見て、

「お前、何考えてんだ?そんなに鰻好きだったっけ?」と聞いたところ、

「白い御飯を頼んだつもりだった……」とポツリ。

たまに、二郎とは一緒に食べ歩きするのですが、それから暫くは、鰻を食べに行こうという話にはなりませんでしたね。

とんかつの屯活

金沢豚カツの名店、屯活

銭屋の玄関を出て左方向に一分ほど歩いたとことに、休日にしばしば伺うお店があります。そのお店は「屯活」。そのまま「とんかつ」と読む、創業四十年の老舗のとんかつ屋です。ちなみに、先週の日曜日もお昼御飯を食べに行ってきました。

金沢豚カツの名店、屯活

こちらに伺うと、もう毎回お願いしなくてもいつもと同じものを用意してくれます。それはロースカツなのですが、そのカツの厚さといったら驚きです。ただ厚く切って揚げることは誰でもできますが、衣をカラっと、中を柔らかく仕上げるのはそれほど簡単ではありません。当たり前ですが、まさにプロの仕事ですね。

そして、私は供されるソースではなく、いつも塩だけでいただきます。こちらのとんかつは決してしつこくはないのですが、ジューシーで御飯にもピッタリなので、必ず御飯のおかわりをいただいてしまいます。

金沢豚カツの名店、屯活

一昨年、初めてウチに食べに来たNYのユニオン・スクエア・カフェの総料理長マイケル・ロマーノ氏に「屯活」を紹介したところ大変気に入ったようで、金沢に来るたびに食べに行くようになりました。前回来た折には、ご主人が着ている割烹着までプレゼントしてもらって、大層喜んでいましたね。それは加賀藩主前田家御用達の染物屋で作らせているものらしいのですが、ロマーノ氏はそのことも合わせて「屯活」についてNYでも喋りまくっているようです。よほど嬉しかったんでしょうね。

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焼肉の味道園

そして焼き肉の「味道園」。銭屋から車で十分ほどのところにある金沢市増泉にあります。

こちらも先に挙げた二軒同様、先代の頃から出入りしている一軒です。このお店は日曜日の夜ってイメージが強いですね。というのは、私が小さなころから日曜の夜になると、しばしば調理場スタッフ有志と私達家族が一緒によく食べにいっていたからなのです。

こちらでは、やはりカルビと白い御飯。香ばしく焼いたカルビ一切れを御飯に乗せて、一緒に口に放り込むように食べます。しみじみ旨いと思うのと同時に、いつまでもこんな食べ方ができるように健康管理しなければ、と思うのは世の流れのせいでしょうか。

先代のグルマンぶりについては、以前にも書きましたが、この店でも毎回その大食漢ぶりを大いに発揮していました。十代、二十代の若いスタッフ達に

「どんどん食べなさい!」

「残さず食べなさい!」

「たくさん食べない奴に仕事はできない!」などと、席に着くなり掛声よろしく言い続けていたせいもあり、食事中はかなり騒々しいものだったと思います。しかし、そういう時は、必ずたくさん食べて飲む、お気に入りの若手を自分のそばに座らせて、その様子を楽しそうに眺めていたものです。

たまにOB会などで集まった際に、そんな思い出話をすることもあるのですが、やはり先代が誰よりも一番たくさん食べていたということは、誰に訊いても間違いないようですね。

幼い頃からこのような食事会に座ることが多かったのですが、先代はしばしば私に「皆で食べる御飯は美味しいよな」って、話し掛けてくれました。私はその言葉通りに受け取って「そうだね」って返事していたのですが、どのような真意があったのか、今さらながら聞いてみたいような気もします。

先代が急逝する数日前、最後に外食したのは大好きだったこの「味道園」でした。そのまま健在であれば、もっともっと行きたがっただろうなって思っていましたので、そのせいか、どこか行き辛い感じがして、随分ご無沙汰していたのです。十七年を経てようやくまた伺えるようになりました。でも、あの頃のように大騒ぎして食べることは少ないですね。現在の調理スタッフが大人しい連中ばかりですから。静かに行儀よく食べる若手を見ながら、

「こんな席に先代がいたら何て言うだろうね」と、たまに女将や二郎と話したりしています。

思いつくまま書いてみると、何だか御飯に合うものばかりになっていましたね。ウチの先代や「四季の味」初代編集長の森須滋郎氏のように私や二郎もまた御飯好きだってことですね。

確かに、日本料理において「白い御飯」は大変重要な料理です。水加減と火加減だけで仕上げ、おいしい御飯を炊く、という仕事は板前にとって一生の命題のような気さえします。

たとえば茶懐石の際に作る「べちゃ飯」は柔らかく、しっとり、そしてねっとり炊き上げる一品ですが、これが上手くできるかどうかが、私が最も緊張する場面なのです。御膳出しのタイミングに合わせて、水加減と火加減だけで仕上げるこの一品に、いままでどれほど多くの料理人が神経を費やしてきたのでしょうか。

美味しい「白いご飯」を食べ続けられる為には、料理人の技術的なこともさることながら、お米を作ってくれる農家の方々の存在抜きには語れません。

鰻やとんかつ、焼き肉などを最高に美味しく食べさせてくれる御飯の存在と有難さを、改めて私たちは感謝しなければなりませんね。これらのお店を素通りできない私なんて、特に、ですわ。


公楽:現在は弟さんの新公楽が営業中。

  • 電話:0767-53-3415
  • 住所:〒926-0047 石川県七尾市大手町117

とんかつの屯活

  • 電話:076-261-2835
  • 住所:石川県金沢市片町2-21-21

味道園

  • 電話:076-243-5782
  • 住所:〒921-8025 石川県金沢市増泉3-13-8
四季の味 No.57

石川県金沢市「日本料理 銭屋」の二代目主人。
株式会社OPENSAUCE取締役