いくらキャベツの千切りに思い入れがあっても、さすがに主菜にはならないので、先に冷蔵庫で見つけた能登牛を使うことにした。焼いても充分に美味いはずだが、何せキャベツの千切りが先に決まっていた。となると、やはりここはカツしかない。
ここでようやく主菜が決まった。
「能登牛ロースカツとキャベツの千切り」
カツにキャベツの千切りは付きものだから、普通、あえて献立名に入れることはないが、私にとってここは譲れない。
私と目が合った長男Kは瞬時に状況を理解し、その場で固まっていた。
「夕飯作るから手伝えよ。」
「はい」
「とりあえず、何か飲むか?」
「はい」
我が家では、私の子供たちへの問いかけに対する返事は 「はい」か「Yes」しかない。もちろん選択肢を与える場合もある。
「料理しながら一杯やるか。シャンパンがいいか、ビールかどっちがいい?」
「ビールです。」と即答。
最初からシャンパンって言っておけばよかったと後悔した。
台所に立って、まず手をしっかりと洗い、調理器具をセットして準備万端。まずは能登牛ロースを切り出すところから始めた。
切り出す前に肉の繊維の入り方を説明し、それは咀嚼する際に噛み切り易いカットにするためだと話した。
例えば長方形のカツがあったとする。横長の状態で口に入れることは殆どないので、縦長の状態で食べることを想定し、繊維を見ながら、食べ易い方向に包丁を入れて、塊に肉をカットするのだ。もちろん、調理場でカットして盛り付けることもあるが、当然そのような観点で包丁を入れている。
実は、料理はかなり論理的に構成されている。修業時代になんとなくやらされていたことが、後に詳しく調べてみると実はとても理にかなっていたりすることが多い。だから、私がたまに料理を教える際は、必ずこの手の論理を説明することにしている。
切り出した肉に塩コショウで下味をつける。そして小麦粉、溶き卵、パン粉をつけて、ロースカツの仕込み完了。
実は下味をつける際、長男Kに下味の説明をしながら私は迷っていた。カツを食べるとき、何をつけて食べたらいいんだろうか、と。
というのは、例えば、ソースで食べるのか、醤油で食べるのかで下味が違って当然ではないか、と考えたからだ。その時点では何で食べるのかを決めていなかったので、説明しながらも気持ちは「どうしたものか」と上の空だった。
市販のとんかつソース、マヨネーズ、溶き辛子。もちろん、それなりに旨いのは分かっている。しかし、私はプロの料理人だ。ここで妥協して良いものか、自問自答した。数秒考えて、とんかつソースとマヨネーズ、溶き辛子に決めた。
「そうだ、ここは家だ。レストランじゃない。」
要するに面倒くさくなったのである。
結局、下味は能登の塩と粗挽き黒胡椒だった。
石川県金沢市「日本料理 銭屋」の二代目主人。
株式会社OPENSAUCE取締役