2021.08.19

松茸とエネルギーと松林

松茸のイラスト

昨年来のコロナ禍は言うまでもなく、さらには猛暑や大雨など人間がコントロールできない事象が続いております。こんな時こそ、美味しい料理を食べて僅かな時間でも気持ちを穏やかにしたいものです。

今年は立秋を過ぎても、秋らしい風が吹くどころか、台風や大雨に見舞われて
大変な被害が出ておりました。それでもお盆を過ぎると、それまでの猛暑から、ちょっと勢いのない暑さだと感じるや否や、私の気持ちは秋の食材へと向いてしまいました。

秋は様々な食材が揃う時季で、料理人にとっては心待ちの季節です。鱧や鯛、栗や蓮根などが代表的ではありますが、何を言っても人気が高いのは松茸ではないでしょうか?

万葉集にも「秋の香(か)」と表して松茸を詠んでいることから(※)、古の頃から日本で愛され続けてきた食材と言えるでしょう。もちろん、石川県の能登や京都府の丹波など素晴らしい松茸が取れる産地はありますが、今や流通している松茸の多くが外国からの輸入品です。

例えば中国、ブータンなどから、かなり品質の良い品物が多く市場に並ぶので、比較的手頃な価格で求めることができます。しかし、上質の国産品ともなると、天候条件にもよりますが、相変わらず1キロ当たり十万円以上が当たり前の世界です。

さて、この松茸はいつからこんなに高価になったのでしょうか?

今では考えられませんが、実は椎茸の方が松茸よりも珍重されていた歴史が長いのです。諸説ありますが、椎茸栽培自体が始まったのは江戸時代からと言われています。しかし、クヌギが多くないと育たない特徴から、豊後や伊豆が発祥の地という説もあります。

漢方薬の原料でもあった椎茸は、その栽培方法の難しさから、栽培している村の秘密とされていたほどでした。その一方で、松茸は今とは比べ物にならないくらい沢山自生しておりましたので、いわば時季になれば採りに行くだけのものでした。秘密の技術を必要とした栽培で育つ椎茸に比べ、かなり価値が低かったようです。

matsutake-mushrooms-Illustration

松茸価格の高騰に論を戻します。プロパンガスの普及まで、家庭での主たる燃料は薪で、それは主に赤松でした。その赤松や燃えやすい松の葉を確保するために、人々は山を整備しなければなりません。結果、松茸が育ちやすい環境を維持することになったのです。

ところが、戦後、徐々にプロパンガスが一般に普及し、燃料としての松の需要は減り始めました。加えて山をメンテナンスする仕事に従事する人も減少し続けました。

つまり、過疎化とエネルギー革命の結果、松茸にとって心地良い松林が減ってしまい、その収穫量や流通量が激減したと言えるのではないでしょうか。

松茸によって生かされる料理といえば、すき焼きや鱧松の椀盛などが思い浮かびます。まさに余人をもって代え難い役者である松茸は、私たちの暮らしが便利になったことが一因でその数を減らすことになりました。

私たちは料理の伝承とともに、このことを後世に伝え、そして考えていく必要がありますね。


高松の この峰も狭(せ)に 笠立てて 満ち盛りたる秋の香(か) のよさ 作者不詳(高松のこの峰も狭いほどに、松茸が傘を立てていっぱい盛っています。なんて秋の香りのよいことでしょう。高松は高円山という行楽地のことといわれる)

石川県金沢市「日本料理 銭屋」の二代目主人。
株式会社OPENSAUCE取締役