経済成長まっただ中だったはずの75年に生まれ、ギネスブックにも掲載されている「もっとも売れた曲」であり続けた名曲「およげ!たいやきくん」。
日本中が浮かれていたというイメージの強い時代ですが、こんなマイナー調な暗い歌が老若男女に爆発的に受けたというのは、川柳川柳師匠の「歌は世につれ」でいえば、どこかとてつもない暗い部分があった時代なのかもしれません。
アフロにヒゲの子門真人さんがシンガーというイメージですが、生田敬太郎さんというフォークシンガーが番組内で歌ったのが最初だそうです。
その後レコード発売にあたって、生田さんはテイチクとの専属契約があったため、音楽制作会社の社員で歌がうまかった子門真人さんが一本5万円という破格のギャラで歌ったのが歴史に残るヒットとなりました。
生田敬太郎さんバージョンは、子供向けとはいえ、子門真人さんバージョンよりもさらに暗く渋みのある、ビターなたいやき感があります。
パラパラバージョンやメタルバージョンなど、様々なアレンジで定番の童謡としての位置を築いたかに見える「およげたいやきくん」。
しかし、その本質はブルースだったことに気付かされます。
中央線のライブハウスで歌う2012年と2015年の生田敬太郎さん弾き語りバージョンを発見しました。
https://www.youtube.com/watch?v=__3iw8bC8lI
ポップなテレビバージョンと違い、ブルースギターのイントロからすでに、虐げられた者たちの悲哀が広がります。
時折歌詞を噛んだり、はにかむところを含めて、ポップス版とは比べ物にならないほどシブい。同じ楽曲とは思えません。
まるで、あれから40年ずっと海底をさまよっていたかのような味わい。
聞き手にとってもまた、それぞれ嫌なお店のおじさんと喧嘩して飛び出したり、時にはとっても気持ちのいい海底散歩をしたり、あるいはひたすら鉄板の上でヤキを入れられ続けた人もいるでしょう。様々な甘くない40年を過ごした光景が巡るのではないでしょうか。
名曲というものは長い時を経ても、普遍的な魅力を失わないということをよく現している一曲です。
ちなみに生田敬太郎さんはデビュー当初、アメリカ南部出身のブルース歌手、トニー・ジョー・ホワイトを目指していたとのことです。
トニー・ジョー・ホワイトの代表作といえば、1968年に発表された「Polk Salad Annie」で、奇しくも食べ物がタイトルの、南部の過酷な生活を描いたブルース曲です。(Polkとは豚肉ではなく、山に生えている雑草。とても美味しそうではない。)
さらに、アニーのおばあちゃんがワニに食われてしまったという歌詞もあり、この曲じたいも、エルビス・プレスリーにカバーされた方が有名になったということもあり、なにか奇縁を感じずにはいられません。