2024.09.10

吉田菊次郎『万国お菓子物語』

  • 書名:万国お菓子物語
  • 著者:吉田菊次郎
  • 発行所:講談社学術文庫
  • 発行年:2021年 文庫本発行

吉田菊次郎氏はブールミッシュの創業者である。本書は吉田氏によって1997年頃に新聞掲載されたもの。「物語」とあるが吉田氏がそれぞれの国のそれぞれのお菓子、101種について、その誕生にまつわる話と思うことを(新聞の締切があるので)徒然なるままかどうかはわからないが、コラムとして書いたものだ。

60年代半ば、大学卒業後にフランス、スイスで製菓修行した著者は俳人として吉田南舟子の俳号をもつ。一読すると、昔の文人のエッセイのようなひと時代、ふた時代前の語り口で、少し懐かしい感じがするのはその為か。穏やかな人柄が想像できる。

このコラムにも書かれているティラミスのtiraはイタリア語のtiraré「引っ張る」、miは「私を」suは「上に」、つまり「私を上に引き上げる」=陽気にさせ元気にさせてくれるという意味なのは有名だが、新聞でこんな文を続けるところはフランス的(かもしれない)。

「一説によると十八世紀のヴェネアで、夜の街で遊ぶための栄養補給源であったと伝えられる。また別の説では、このお菓子に含まれている強いエスプレッソのカフェインが興奮をもたらすための命名ともいわれている」

現在のようにAIに聞けばすぐさま情報をまとめて文章にしてくれる時代ではなく、インターネットがやっと一般に手が届くようになった時代のお菓子の蘊蓄エッセイ。冒頭に書いたように徒然ではなく膨大な文献を開いて書き綴ったのだろう。

聞いたことのない世界のお菓子も多く、ちょっとした世界旅行。ミッテランがフランス大統領時代に「ムース」が一大ブームになった理由。タルト・タタンの誕生秘話。点心と和菓子の関係。肉や魚介を入れた熱い汁等から羊羹が始まったこと。

新しいスイーツばかりが取り上げられる昨今、この本を読んで、ここで語られていく伝統菓子を食べてみたくなるひとは多いだろう。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。