2023.07.25

ウナギ 大回遊の謎
【私の食のオススメ本】

  • 書名:ウナギ 大回遊の謎
  • 著者:塚本勝巳
  • 発行所:PHP研究所
  • 発行年:2012

著者、塚本勝巳は海洋生命学者だ。専門は魚類の回遊生態。稚鮎が一心不乱に遡上する姿を見て、なぜあんなに一生懸命に上流を目指すのかを知りたくて「魚の回遊研究」にのめり込んだ。その結果、世界初、親ウナギの捕獲と天然卵の採取を成し遂げる。

こう書いても何のことかピンとこないかもしれないし、それがどれだけ大変でスゴイことだったかわからないので、ウナギ好きな人にはぜひ読んでから食べてもらいたい。これは実にワクワクする壮大な物語であり、地球における資源と保全ということを考えさせる調査研究のレポートでもある。

ウナギは「淡水魚図鑑」には必ず載っているが淡水魚ではない。「通し回遊魚」と呼ばれる、一生のうちに海と川を行き来するグループに属する魚である。しかしもともと海に起源がある。そして産卵場は海にある。

ここで取り上げているのはウナギ属魚類全般のことで、われわれが食べている天然の「ニホンウナギ」は学名Anguilla japonicaという種類である。これは日本で食べているから「ニホンウナギ」ではない。

日本・朝鮮半島・台湾からベトナムまで東アジアで獲れる「ニホンウナギ」は別集団ではなく同一の集団に属している。ニホンウナギは本書のタイトルにあるように大回遊しているのだ。

ウナギは、卵 → プレレプトセファルス → レプトセファルス → シラスウナギ(海流に乗って移動) → クロコウナギ(河口) → 黄ウナギ(河川生活期) → 銀ウナギ (海洋生活期)、と成長しながら回遊する。海に生まれて川や湖沼で5年から10年をかけて育ち、親ウナギとなって産卵のためにまた海に向かう。

そして大海を回遊して向かうポイントは決まっていたのだ。なぜそこに辿り着くのか、その謎は完全には解明されていなかった。

2006年2月に塚本勝巳らの研究チームは、ニホンウナギの産卵場所がマリアナ海嶺(グアム島やマリアナ諸島の西側沖)のスルガ海山付近であることを突き止めた。

そして、2008年6月と8月には、水深2,000メートル以上の西マリアナ海嶺南部海域にて、世界で初めて成熟したニホンウナギおよびオオウナギの捕獲に成功。雄には成熟した精巣が、雌には産卵後と推定される収縮した卵巣が認められ、孵化後2〜3日と思われる仔魚(プレレプトケファルス)26匹を採集した。

古代ギリシャ、アリストテレスの時代から2400年、「ウナギの産卵場」の謎が解明されたのである。

2023年7月に発表された水産庁の『ウナギをめぐる状況と対策について』という村上春樹みたいなタイトルの報告書を見てみたら、国際自然保護連合(IUCN)が2014年にニホンウナギを<絶滅危惧種ⅠB類(ⅠA類ほどではないが近い将来における野生での絶滅の危険性が高い種)>としたとある。

塚本勝巳は後書きで「ウナギ卵の発見と親ウナギの捕獲成功により、サイエンスアドベンチャーとしてのウナギ産卵場調査の時代は終わった。これからはより詳細な海洋学的・生物学的研究が始まる」とし、「人類はいつか神秘のベール隠されたウナギの産卵シーンを目の当たりにするだろう」と書いている。

そして「天然ウナギ資源の過度の利用を抑えるために、人工シラスの大量生産の実用化を急がねばならない」とも。

水産庁のリポートを見ても、本書に書かれた15年ほど前の発見から、次の大きな希望を持てるところまでは進んでいないようだ。われわれは、その難しさを知っておくべきではないか。そして何をすべきかを。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。