2019.10.20

一風変わった食卓〜韓定食〜

私の母は、料理がとても得意だ。併せてグルメで探究心が旺盛である。
週に一度の外食は家族の恒例行事であり、普段着よりちょっとよそ行きの服を着て、綺麗に磨き上げた靴を履いて、父の運転する車でお出掛けするのが、私は堪らなく好きだった。

私が幼少の頃は、今みたいにインターネットも普及していなかったため、当然簡単にはレシピを知る事は出来ない。
それでも母は、私たちが「美味しい!」と、言った料理を、母親なりに再現して我が家の食卓に並べるのが特技であった。

その探究心が故に、同じ料理がテーブルに並ぶ事は少なく、気が付けばキッチンに立つ母が居る。そんな日常であった。

母は在日二世の韓国人である。近所に住む母方の祖母は、生粋の韓国人だ。
父方の九州の味付けと、母のオリジナルのレシピが相まって、そこに子ども向けの柔らかな味付けも重なる。

何処から仕入れたか分からないが、当時では珍しいスパイスを手に入れ、独自に調合した調味料で味付けした料理の数々は、私の舌に深く刻まれている。

一汁一菜とはよく言われるが、我が家の食卓では、一汁三菜をも通り越して、一汁五彩が最低限であった。常備菜のキムチやナムルは当たり前。魚や肉をメインに、揚げ物、蒸し物や香の物。九州の がめ煮や沖縄のチャンプルーなど、四季折々の旬な食べ物が所狭しと食卓に並ぶ。正に『韓定食』を毎日食べていたのだ。

この、同級生達とは一風変わった食卓は、彼等との明らかな違いであり、初めてそれを知った時にはカルチャーショックを受け、自分の出自を改めて認識した次第である。

今思えば、戦後直ぐに産まれ育った母は、今では考えられないくらいに食事に困窮した時代も経験していたと思う。そんな母が、子ども達には食事には困らない様に育てたいと願うのは、至極真っ当な事ではないだろうか。
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御母様、今でも貴女の『韓定食』が、私の一番の贅沢な食事で御座います。

WRITER Taishi Joh

沖縄にルーツを持つ父親と、韓国人の母との間に産まれ、幼い頃から日本食とは一風変わった食卓で育ちました。
転勤族の父親に付いて、全国津々浦々に移り住み、グルメな母親の影響で週に一度は外食をしていました。
それでもやはり、一番好きな食事は母親の手作りです。母も小まめに料理を作り、夕飯の家族一緒の団欒はかけがえのない想い出です。
今でも月に一度の頻度で、田舎の特産品や母親手作りの常備菜が届きます。
そんな私が、もう永住するしかないと決めた大好きな街、金沢。
其処から全国、ひいては全世界に向けて食のあり方を発信することが出来る私たちの会社を誇りに思い、末端ながらお仕事出来る喜び…と、美味しい賄いを噛み締めている毎日です。