- 書名:コーヒー「こつ」の科学
- 著者:石脇智広
- 発行所:柴田書店
- 発行年:2008年初版 2017年9刷
コーヒー関係の本はこのRIFFで何冊か紹介してきた。「田口護+旦部幸博著 コーヒー おいしさの方程式」「STANDART 日本版」「コーヒーの人 仕事と人生」「大坊勝次著 大坊珈琲店」。コーヒーという飲み物は何か、そしてコーヒーを仕事をにする人とは、という本だ。
本書は、コーヒーを自宅で淹れたい、コーヒーを知りたい、好きなコーヒーを探したい、という人にお薦めする。それぞれにつながる「こつ」を科学的にやさしく説いてくれる。(よく知らない人にコーヒーの蘊蓄を長々と語られたくない人もぜひ。)
よくある初心者むけという触れ込みで売っているハウツーものは写真だけがカタログ的に並べただけで内容が浅すぎることが多い。逆に専門家でも読みきれないほどの情報量でまとめられたものもあり、途中で挫折することが多い。しかしこの本はQ&A方式で読みやすく、すんなり頭に入ってくる。
著者の石脇智広は1969年生まれ。工学博士で全日本コーヒー検定委員会コーヒー鑑定士講師。東大大学院工学系研究科を修了後に関西アライドコーヒーロースターズ株式会社に入社するという趣味を仕事にした元コーヒーおたくだ。論理的で優しいおたくの文章はそうでない自分にはありがたい。
本の紹介から離れるが、OPENSAUCEの本拠地がある石川県は、2020年総務省の調べによると一世帯あたりのコーヒーの消費額全国第5位である。実は2017年には第1位だった(これ以来いまでも地元メディアでは日本一を使うところも多い)。統計はコーヒーとコーヒー飲料と合わせたものなのだが、コーヒー飲料を除けば宮城に次いで2位。これは加賀藩時代からの和菓文化やスイーツ好きな県民性によって、あわせて自然とコーヒーの消費も増えていったことによるらしい。
「金額」ではなく消費「量」で見るとまた変わってくるのだが、それでも石川は安定してトップ10内第6位だ(これはインスタントも含めたもの)。ちなみに京都が1位なのは石川と同じ和菓子(お茶席に合わせた)文化の流れにによる「甘いもの嗜好」からきているのかもしれない。何せ老舗、京都三条「イノダコーヒー」では昭和22年の創業時より濃いめのネルドリップで最初からミルクと砂糖入りだ(ならお菓子は不要か!)。
金沢近郊にも新旧ロースターがあり、最近ではオシャレ系カフェではなく海外での修業経験のあるバリスタによるサードウェーブ系ロースター&コーヒー専門店などが増加している。能登半島、珠洲には最果てのコーヒーと呼ばれるロースター『二三味(にざみ)珈琲』があり映画のロケ地にもなったためか全国からコーヒー好きが訪れる。
しかし、新しいコーヒー専門店には続々と若い女性(特に学生)がやってくるのだが、実はコーヒーが得意ではない、普段もあまり飲まないという人が多い。instaで見たスイーツ目当てだったりするのだ。データから見たら石川ではコーヒーが浸透していると思ったのだが、どこかの世代で途切れているのか。
飲まず嫌いも多いのかもしれない。そこで、コーヒーが好きで新しいコーヒーの世界ををもっと知ってもらいたいと開店したある若いオーナーの一人は、コーヒーが嫌いでも好きでも初来店の客には自店のコーヒーの説明を必ず行うようになった。いまではその努力が実を結び、コーヒーファンも増え専門店として早朝から夕方の閉店時まで満席が続く。
さらに最近の、昔ながらのブレンド豆ではなく単一生産者によるシングルオリジンブームなってからは、ひとりで来店して、コーヒーを楽しむ女性が増えた。店頭で豆を購入する客も女性が多い。必ずと言っていいほどスタッフと前回飲んだ(購入した)コーヒーについての会話で和んでいる。どうやらいったん途切れたものが復活しているようだ。
個人的だが、コーヒー文化が古くからある地方に行くと老舗のコーヒー専門店などで慣れ親しんだ中深煎りのコーヒーが好みの人が多いように思うが、これからサードウェーブ(シングルオリジン)のなかでも北欧スタイルの極浅煎りのものを紅茶に近い感覚で飲ませる(実際北欧では1日中飲んでいる)コーヒー店が増えて行くと日本のコーヒー文化も変わってくるように思う。
禁煙条例が厳しくなって店内で煙草を吸うということがなくなった影響も大きい。新聞を見ながら煙草を燻らせる場所という喫茶店が姿を消していき、人流も変化した。
若い人たちの酒離れもあり、ライトで個性が違うおいしいコーヒーを飲みながらゆったりとした時間に話を弾ませる新しいカフェコミュニティ文化が始まるような気がしてならない。北欧的な時間。特にここ北陸にあっているはずなのだが、時間の進み方だけが都会的だ。コーヒーや喫茶という文化は時間のコントローラーみたいなものだと思う。
いまは消失した喫茶店文化が、あたらしい時代のコーヒーによって、まったく新しい喫茶文化として生まれているのではないだろうか。
まあ、コーヒーについての個人的視点はさておきこの本は、コーヒーとコーヒーのある場所を楽しむための雑学として読んでおいても損はない。
最後にどんな本なのか知ってもらうために本書にあるQの内容をいくつか挙げておく。植物として、産業としてのコーヒーから焙煎の専門的なところまで網羅されている。答えは本書で。
Q「コーヒー豆って豆なんですか」(ネタバレ?果実だ。だからベリーの香りとか言うのだ)
Q「コーヒーの栽培はどんな国・地域で栽培されているのか?」
Q「コーヒーの果実はどんな工程を経て一杯のコーヒーになるのか」
Q「深煎り豆ほどカフェインが少ないのか?」
Q「カフェインレスコーヒーのカフェイン除去方法は」
Q「コーヒーの苦味の正体は」
Q「ミネラルウォーターで淹れるとおいしくなるのか?」
Q「コーヒー購入時の店選びポイントは?」
Q「コーヒーの粉にお湯を注ぐと膨らむのはなぜ?」
Q「澄んだコーヒーは美味しさの証?」
Q「コーヒー豆を挽く目的は?」
Q「水分が多い生豆ほど鮮度が高い?」
Q「焙煎機ってどんな機械?」
Q「焙煎について悩んでいます。考え方のポイントを教えて!」
Q「異なる種類のコーヒー豆を混ぜるブレンドの目的は?」
Q「コーヒーの消賞味期限の設定は?」
Q「コーヒーの栽培に農薬は使われている?」
Q「オーガニックコーヒーの認定基準は?」
Q「誰がどんな形で生産にかかわっているか」
Q「コーヒーは昔ながらの品種の方がおいしい?」
これ以外にまったく考えたこともない質問と思いもしない答えが、写真(手書き図版だけだが)にあるようにあったかい感じで説明されていく。学びの挫折感を味わなくてもよい参考書である。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。