2023.04.05

シェフたちのコロナ禍
【私の食のオススメ本】

シェフたちのコロナ禍 表紙

  • 書名:シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録
  • 著者:井川直子
  • 発行所:文藝春秋
  • 発行年:2021年

2023年春、収束はしていないもののコロナでの自粛はほぼ解除された今、この本を読み直しておくべくではないかと思った。業態を小売やデリバリーに切り替え乗り越えた店もあった。自粛中は条例などにも関わらず通常の営業を押し通した個人店もあった。都に自粛要請の再考を訴える企業もあった。経営が立ち行かなくなり閉店に追い込まれた店もあった。期間中の借金だけが残った店もあった。

この本は2020年、新型コロナウイルスのパンデミックが世界的に宣言されて、「自粛」という沼の中に引き込まれてゆく飲食店のオーナーシェフたちの声と決断と行動を記録したものだ。

3年以上に及ぶ自粛や制限が解除されてわれわれは、突きつけられた「問題」の「答え」を見つけたろうか?2020年のシェフたちのSNSには「何が正解なのかわからない」という言葉が溢れていた。

パンデミック宣言を受け、著者・井川直子はフレンチのグランメゾン、夫婦で営むイタリア料理店、深夜型の居酒屋、横丁の老舗からオフィス街の新店など、多岐にわたるエリアやジャンル、規模で34店を選び取材をした。そこには様々な背景の違いの中でのリアルな声が集まった。個人的に食や料理人を取材したら右に出るものがいないと思っている井川直子が「この人の考えを知りたい」と思った34人である。

これは非常に貴重で重要なデータである。今後のこの国にとってもだ。日本における『COVID-19パンデミック白書』のようなものが発表されることはあるのかわからないが、ぜひ本書の内容を掲載してもらいたい。

この34人は人気店かどうかではなく、それまでの取材の中で「このシェフは食の仕事を社会の視点で捉えている」「流行を追うのではなく。なぜ人がそれを求めるのか、事象の根底にある心の動きに敏感」「まだ人に見えていない”その先”を見ようとする」など何かしらの気づきをあたえてくれた店主たちだと、井川直子は人選の理由を書いている。

最初の取材の数ヶ月後、井川直子は当初の気持ちを振りかえってもらうべく再度インタビューをしているのだが、ビフォー・アフターでの心の動き「道なき道をゆく」という不安や確信の意味が伝わってくる。

本書の中から取材されたいくつかの行動と言葉を拾ってみる。切り取りから生じる誤解もあるかと思うので全文を読んでその考えに至った理由を深く知ってもらいたい。


イタリア料理店『TACUBO』の田窪大祐氏は”七人の雇用主として、スタッフの命(生活)を守ること”を選び店を開け、かつ外部委託のデリバリーはやらなかった。「僕はつながりを大事にしてきたし、それが途絶えるのが嫌」

イタリアン『リ・カーリカ』堤亮輔氏は22人の正社員「一人も残さず彼らを守る」と腹をくくり、逆に早々に全店を休業させ、自らバイクに乗って<テイクアウトとデリバリー専門店>に切り替えた。外出自粛要請が出た夜にスタッフミーティングを開き「(ロックダウンする前に)どう動くか」を決めていた。「感染が心配な人は休んでください」「同じ船に乗るなら頑張ろう」とスタッフに伝えたと言う。

伝統的なフレンチの人気店『シンシア』石井真介氏は1ヶ月店を閉めることにして通販とデリバリーを立ち上げる。さらに同士シェフたちと「政治家が思うよりずっと早く店は潰れる」と政治家への陳情とボランティア活動にも着手した。お金を稼ぐと同時に「人が生きるために必要なのは “働いている” 実感」だと考えた。

季節の野菜干ぴょう高野豆腐といった乾物が主役「七草」前沢リカ氏はイギリスに住む姉に「いまに大変なことになる」と煽られていた。早々に飲食店の休業を補償とセットで決め、給付も早かったイギリスとは違い「(日本の)リーダーがはっきり決めてくれたら、私たちはこんなに迷わずにすむ」と思った。4月2日から休業したが、食材が春爛漫。「これを料理しない、食べてもらえないのは悲しすぎる」とお店にとりにきてもらうお持ち帰りを始めた。


以上3店の取材内容のさわりのようなものを抜きだしたが、本文で井川直子は、同業の友人であってもここまで聞くことはないだろうという店主たちの事実と本音と料理人としての意思をきちんと引き出し伝えてくれている。

日本の動き・飲食関連の動き・世界の動きを時系列で追った<新型コロナに揺れた2020>という巻末の表

パンデミックのみならず、次に起こるかもしれない災害や危機に直面した時、途方にくれることなく道を見失わないようにしたい。その時の「問題」と「答え」は登場する34人のようにそれぞれ違うのだと思うが、料理を提供する人の矜持とは何かを教えてくれるのが本書だ。

この本は経営者のみならずスタッフも読んでおくべき内容だ。そして若い料理人の方や食の仕事を目指す人にも、ぜひこの本を読んでほしい。著者が言うようにお店の規模などには関係なく危機において「誇り高く働く大人がいる」と言うことを知ってもらいたい。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。