2022.08.10

農業へ転職した新人
農地に立つ(前編)

FOODCLUBクーポン

ネギ畑

KNOWCH』(以下、ノウチ)は農産物の生産と販売をする会社です。そして、遊休している「農地」を使い、農業に関わる人の「農知」をつなぐことで「農値」を上げる活動も意味します。

「音楽で、思い立った時に仲間とセッションするように、農業で、思い立った時に耕せる環境と仕組みをつくりたい」。そんな理想をもって、ノウチは(株)OPENSAUCEの設立(2017年12月)と同時に農業事業部門としてスタートしました。

専任のメンバーは現在の村田智代表取締役たった一人。小学生の時のアサガオ観察以来、土をいじったことのないビジネスマンが、事業コンサル、セールス畑という異業種から本当の「畑」に足を踏み入れたのでした。(詳しくは村田代表のインタビュー記事をご覧ください)

KNOWCH

村田代表はそれまでのキャリアで培った行動力で新たに農業関係の人脈を開拓。そこで得た耕作と農業経営の知識をもとに、翌年2018年10月にはノウチを株式会社化し、人材を集め実践を続けました。その翌年12月には例を見ないスピードで、農地を所有することができる『農地所有適格法人』として認められます。

ノウチは「ネギ部門」の生産を安定させ、今年2022年7月、女性チームで進めてきた「ぶどう部門」では自社ECサイトでの販売を行うまでになりました。

スタートから5年目の今年2月、一人の新人がノウチに途中入社しました。1993年生まれの清水大樹さん。異業種からの転職です。それまでと作業も時間の使い方も違う、農業という仕事を始めるということ。それはいったいどんな<感じ>なのでしょう?入社から半年になる清水さんに転職から現在までのお話を聞いてみました。

耕作放棄地や遊休地が増えていく地域で育つ

──清水さんの実家は農業をやっていたと聞いたのですが?

はい、そうです。実家は福井県の奥の方で、お祖父ちゃんがもともと米を作っていました。とは言っても大きくやっていたわけではなく、自分たちの食べる分を残して、(それ以外を)JAに持っていくという感じでした。公務員の父が継いで兼業でやっていたのですが、還暦で退職し、今は一人でのんびり田んぼをやっています。

──現在は耕作面積を減らしたとはいえ、1ヘクタール程度はあるということですが、後を継ぐという感じではないのですね。また、同じように田んぼや畑を辞める方も多いのですか?

特に実家は福井の中でもほんとに田舎で、限界集落のようなところなので、基本みんな、働きに外に出るという感じです。兄も姉も県内にはいますが実家におらず、父も家や田んぼを継いでほしいとはまったく思っていなくて、自由にやってくれと…(笑)。実際、自分も高校を出て京都の大学に進学しました。

実家のまわりは(耕作を)辞める人も多いですね。実は数年前に、辞めていく人たちの田んぼを管理する組合ができたんです。ところがうちのお祖父ちゃんが頑固というか気難しい人で(笑)、組合に入って自分の思い通りにできなくなるとイヤだと言って入らなかったんです。

──小さなコミュニテイでも必ずしも考え方が一つになるということでもないのですね。
──(実家の地域では)休耕地が増えているということですが、ノウチの仕事として戻ってくれない?と村田代表に言われかねないですね(笑)

実家の田植えを手伝う清水さん

ハハハ、そうですね。ただ、村田さんには自分が担当しているネギと(ノウチでは米作りはしていませんが)米の繁忙期が被ってしまうので、父が一人でやっているのを気遣って「実家に戻らなくて大丈夫?人手が足りなかったら自分も手伝いに行くよ」とか言われています(笑)。

──話は戻りますが、大学時代に留学されていますが、目的は?

はい、大学4年の時に1年間。(海外に)行ってみたいというのも大きかったのですが、英語が話せたら就職にもプラスかな、ということもあってオーストラリアに語学留学しました。ネイティブの方と接するよりも、留学で来たいろいろな国の人たちとふれ合うことが多かったかもしれません。多国籍国家でもあるので、いろんな国の訛りの英語は聞けました(笑)。

オーストラリア語学留学中時代の仲間と(写真・奥)

それと(農業にかかわる話として)オーストラリアは土地も広くファームステイ※というのがあって、まわりの日本人のみなさんも、セカンド・ビザをとるために農地で何日か働くというのをやっていましたね。ノウチでも海外での農業というお話もあるようなので、今後、学んだ英語が役に立つ機会があればいいなと思っています。

※就労ができるワーキング・ホリデーで渡航して、一定の期間を指定のファームで働くとセカンド・ビザ=ワーキング・ホリデーが1年間延長される=が取得できる査証の制度

社会人のスタートは営業マン

──語学留学を終えて日本に戻り、新卒でクルマ関連の企業に入られたのですね。

はい。2018年、埼玉が本社で全国に支店がある、特定条件の中古車に特化した買取専門企業です。社員500人ほどの業界では大手と言われる会社に営業職で入りました。そのとき自分で希望を出して金沢の支店に赴任したんです。

──社会人のスタートが金沢だったんですね。金沢支店に希望を出したのはなぜですか?

自分がちっちゃい時なんですが、父が単身赴任で金沢の団地のような官舎にいて、時々、福井から何日か行くことがあったんです。そこには砂場があるような小さな公園があって、一人で遊んでいると近所の子たちもやってきて、そこで知らない子たちとふれ合うというのがすごく楽しかったというのがあります。山の中の暮らししか知らない自分だったので、人も多いし、めちゃ都会で楽しそうで、金沢いいなぁと子供心に思いましたね。それもあって金沢が自分に合っているのではと、配属を希望したんです。

──小さな頃の良い記憶が呼んだんですね、この地に。金沢というところは、大都市や他の地方都市ともちがう、生活の場として居心地のよいところがあるのかもしれませんね。
──営業職は自分にあっていると思われましたか?

営業という仕事自体は楽しいな、とは思いました。オフィスワークみたいに事務所にずっといるよりも、なんかこう、外に出て人と圧倒的にしゃべることが多く、いろんな人に会えるので。
営業先はクルマ屋さんの社長さんとかなんですが、お話を聞くのは楽しかったです。

──人と会うのが好きなんですね。オーストラリアでの交流経験も役立っていますね。

そうですね、好きですね(笑)。性格的にそういうのが好きなんだと思います。

──入社後の話になってしまいますが、畑の仕事だと真逆で、話す機会も少ないですよね(笑)

ハハハ、そうなんですよ。今やっている畑は二人で担当しているんですが、作業は別々なんで。だから、野菜見て「おーい元気か」とか(笑)。

──そういう意味では先日のOPENSAUCE主催のBBQ会はよかったですね。2年ぶりに新人を交え、レストランチーム、FOODCLUBを始め、ノウチ、一緒にやっているクリエイターたちや家族も集まって、グループのAlembic蒸溜所でやりましたが、どうでしたか?

はい、よかったです。すごく楽しかったです。仕事の場所がオフィスのある市内とかではなく(遊休地や耕作放棄地などの)離れた場所なので、ふだんグループの他の方たちとの交流が少なく、ZOOMでのミーティングやWEBでしかお会いできなかった人たちとたくさん話ができました。(※この時の交流もあってこの取材が実現しました。)

──コロナ以前は、いろんな集まりが合って交流も盛んでしたので、今後は感染に注意しながら、部門や会社に関係なくクラブ活動的なことでの人の繋がりも活発にできるといいですね。

農業への気持ちが芽生える

──話を入社前に戻しますが、農業への転職を考えたきっかけは?

配属された金沢から愛知に転勤になったんですが、そのタイミングで、農業の話をいろいろ聞くようになってきたんです。大学の先輩が法人で農業を始めたり、愛知は農業も盛んで、営業先でも「俺、農業やりながらクルマ屋やってるよ」とか。前職が嫌だったとかはまったくなかったんですが、そこから、農業やってみたいなという気持ちになりはじめました。

お付き合いしている人が金沢にいたので(ノウチ入社と同時に結婚)、よく金沢には戻っていて、農業しながら居酒屋をされている方に、やるなら早い方がいいと言われ、情報を集めることにしました。

まず思いつくJAの求人情報を見ました。大きな会社さんもあったりしたのですがその時はピンとこなかったんです。それでJAの枠を外して<石川県 農業>で検索していたら、ノウチがスキー場と提携(新しい働き方を実践)しているという日経の記事をたまたま見つけたんです。それが『KNOWCH』との出会いと始まりでした。

いい意味で農家らしくない(笑)、ザ・農家みたいな感じではない新しさがいいなって。農業の世界にいない側からしたら、いろんなこと、どんどんやってこうぜ!みたいな、「何やってるんだろう、ここ」って、ぐっと惹かれましたね。それで、その記事にあったノウチのホームページから問い合わせフォームで「(自分は)こうこうこんな状況で農業に興味があるんです」と連絡を取ったんです。

──行動は早かったんですね。情報へのアプローチも、考えを固定せずに視点を変えてみることも大事ですね。

後編へつづく

interview(2022/7/19)/text : Joji Itaya 

FOODCLUBクーポン