2022.10.25

ファーストペンギン【私の食のオススメ本】

  • 書名:ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡
  • 著者:坪内知佳
  • 発行所:講談社
  • 発行年:2022年

まったくの漁業素人の若いシングルマザーが漁師たちの代表になって料理店など消費者への『粋粋BOX』という直接販売を成功させた話である。1箱1000円にもならなかった魚が、1万円以上で売れるようにもなったという実話だ。この本が原作となってテレビドラマ化され、2022年の10月から日本テレビ系列で放映されている。

テレビでは仲間と信頼、敵対派問題、女性軽視、男社会、廃れる一次産業などをドラマ的ステレオタイプに展開しているようにも見える。しかし「六次産業化」の必要性と日本の漁業の現状をテレビドラマにしたという点では画期的なのかもしれない。

六次産業とは1次と2次と3次を足しても掛けても「6」ということから来ている。もはや日本の成長期にあった大きな産業が生まれるという可能性がない時代でもあり、ましてや第一次産業は六次産業化無くして生き残りはないのかもしれない。

原作を読むことで、国が旗を降った「六次産業化」を阻む、日本という国が抱えるお役所問題、漁協問題と地域の狭いコミュニティー、脱却できない地域性の弊害がもっとはっきり見えてくる。加えてテレビよりも、誰が阻んだのか、妨害したのかなども推定できるような内容で、事実は事実だが書いて「大丈夫か!?」と思ってしまう。協力者は具体名で登場する。

最終的には船団丸の事業は成功し、漁師にも漁協にも島にも大きな功績をもたらしたことでわだかまりは収束したから書けた内容なのだろう。こういう書き方にしたのはきっと全国の同様な地域に対する愛ある警鐘でもあるのだ、と思う。著者の功績はそこにある。著者の試みは全国に広がっている。

著者の坪内知佳氏は2016年のフォーブスが選ぶ特筆すべきアジアで活躍する30歳未満の30人『30 UNDER 30Asia』に選ばれている。

タイトルの「ファーストペンギン」はビジネス書などでも語り尽くされた「リーダーがいないペンギン集団を導くために海に飛び込む最初の1羽のこと」である。

しかし動物学者によると、このファーストペンギンは自ら飛び込むのではなく前列にいるペンギンが後ろから”蹴落とされる”らしいのである。落とされたペンギンが浮かび上がってきたのを見て安心したペンギンたちがあとに続くのだそうだ。それでも安心できない時は2羽め3羽めと落とされるそうだ。

この国の本質は怖がりなのである。実際の損害ではなく変化や前例を壊すことに。この本はこのことを再認識させてくれる。

しかし、著者はその性格からまんまと蹴落とされてしまったのだが、漁師たちのその不器用でシンプルな熱い仲間意識から代表に引き上げられたのだ。引き上げられたファーストペンギンは親ほどの年齢の荒くれ漁師たちと同等に怒鳴り合いながら統率し漁師の収入を上げ『漁業のDX』をも目指していくのである。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。