- 書名:手間、塩いらずで 旨味たっぷり 干物料理帖
- 著者:うすい はなこ
- 発行所:日東書院
- 発行年:2020年
著者、うすい はなこの話し方は勢い余ると、バラエティ番組のおけるバイオリニスト高嶋ちさ子のそれに近い。そして、べらんめえではないが、そこはかとなく魚市場の香りもする。しかし、文章は品を備え、魚と干物への向き合い方と愛は深くまっすぐ。その著者の仕事ゆえに2021年グルマン世界料理本大賞 Fish&Seafood部門グランプリを受賞した、のだと思う。
取材協力として「魚河岸三代目 千秋」店主・小川貢一氏と干物一筋の西島商店・加藤正志氏の名前がある。しっかりした本であることはわかる。一見ふつうでどこがグランプリの評価だったのかは、手にとってもよくわからないかもしれない。レシピ部分よりも読み物部分の字が大きいのは素敵だし、値段もオールカラーで1200円と今どきとしては格安に思える。
いや、受賞の理由はそこではないだろう。この本は、冷蔵庫が当たり前の時代に「干物は塩分が多い」などという古い思い込みを捨てさせ、近代の加工技術で塩分量を調整し、旨味を凝縮させ出来上がった干物を健康食の位置まで上昇させ、日本の食卓、食文化を再構築させるほどの意味を持った内容を「やさしいレシピ本」の体で構成しているからだと思う。
著者、うすい はなこは空間デザインや設計の仕事を経て、日本料理店で修行したのちに独立。『H-table料理教室』を主催し、その教室で使う魚を仕入れに豊洲市場に通い始める。そこで魚や干物の素晴らしさを再認識する。
そして魚に魅せられ、江戸料理の研究へとたどり着いた。実際、話し口調はべらんめえではないのだが、べらんめえな匂いは感じるのは、つまり、和食→市場→江戸料理という流れが江戸時代の大森あたりの粋な匂い(想像だが)を染み込ませたせいではないだろうか。文字には表れていないがこの匂いには親しみが湧く。
そんな(そんなってどんなだ)うすい はなこは「干すことでうまみが増し、水分を抜くと同時に独特の臭みをを取り除く・・・」「つまり魚を最もおいしい状態にしている」「生の魚より手軽で扱いやすく、現代のライフスタイルに向いているのではないか」と考え、漁獲量が減少していく中で何百年も干物の知恵と文化が続くことを願っている。
70品ほど掲載されているレシピにはあらゆる魚介の干物料理があり、よく知っているものもあるのだが、意外な組み合わせも多い。しかし、日本人の舌を置き去りにはしていない。
干物の定番アジでは、宮崎の冷汁、ちらし寿司、キャベツの煮浸し。焼イカの山かけ。イワシの焼きびたし&コンフィ。さんまとフェンネルのパスタやスダチ飯。京都のニシンの甘露煮そば。カマスと春菊、柑橘のサラダ。ホッケのチリ&ムニエル。甘鯛と菊花の混ぜご飯・・・
この本は普通のレシピ本にも見えるが、昔「干物が朝食の原点」だったことを、1周回って新しい時代のスタイルにもう一度迎えるべきだとわれわれに思わせる一冊である。
出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。