2021.09.25

伊丹十三 ポテト・ブック【私の食のオススメ本】

ポテト・ブック表紙

  • 書名:ポテト・ブック
  • 著者:マーナ・デイヴィス
  • 序文:トゥルーマン・カポウティ
  • 訳:伊丹十三
  • 発行所:河出書房新社
  • 発行年:2014年復刻版(初版1976年ブックマン社)

この本が好きな人たちには自慢話になるのだが、著者マーナ・デイヴィスさんに会ったことがある。こんにちは会えてうれしいと言っただけなのだが。

この初版が出た時かその後か忘れた。まだ学生バイトであったように思う。マーナさんに会ったというより、ご主人の高名な画家でイラストレーター、ポール・デイヴィスさんの取材に同行させてもらったら、当然だが夫人のマーナさんも来日していてそこにいたのである。

ふたりは1950年代の写真から出てきたような、ポールの絵に時折カメオ出演している、きっちりとしたブルックス・ブラザーズ風なトラッド夫婦であった。

考えたら、同じころ伊丹十三氏にもカヴァーを描いた矢吹申彦氏にもお会いしたことがある。伊丹さんは映画を撮る以前、雑誌モノンクルの編集長の頃か?矢吹さんはちょっとだけ授業を受けたことがあるし、何度かイラスト原稿をもらいに行ったこともある。会っていないのは序文を書いたトゥルーマン・カポウティだけである(笑)。

この人たちは、1950年代に生まれた自分のような人間の一部には、ある種のカルチャーを串刺しにした匂いがある。ここに中村とうよう氏などが入ってくれたらうれしい、といった世界だ。

マーナ&ポール夫妻はNY州のサグ・ハーバーに居をかまえていた。そこのサグ・ハーグというヴィレッジはロング・アイランドの東で、裕福な層が集まるポールの絵に出てくる美しく時間が止まったようなところだ(彼の絵にあるシュールさはない)。そして名産がポテトなのである。

よって、文筆家であり妻であり母であるマーナ・デイヴィスさん(と友人や近所のママ友)によってこのポテトカルチャー・レシピ本ともよべるものが生まれることになる。そして、この本は台所から湧き出す、ある意味古き良き時代のアメリカ文化なのである。

マーナの情報収集力がすごい。ラジオのDJをやっていたかのようだ。リスナーからの手紙を読むように、それぞれのレセピーには「イースト・ハンプトン在住のジュディス・ホープさんから寄せられました」などと書き添えてある。

このインターネット時代にわれわれが進めようとしているレシピをアーカイブし公開するという仕事の原点がここにあるのだ。ネットが普及し始めたたのは初版発行から20年後くらいである。

日本一の口述筆記家、故伊丹十三はレシピを「レセピー」と書いた。セルフ・サービスは「サーヴィス」である。現代用語辞典から「スッチー」や「着メロ」が消えた2021年では検索には不向きなことをしてしまった訳者ではある。

しかし、グラフィックデザイナーでもあった伊丹十三の言葉や文字に対する思いは心を癒す。全体の文からもあたたかさを感じるのだが、子供からの投書をこども語そのままにほぼひらがなで表記するという技を使った。それも素敵な直訳で「おなべに油をいれて、にます」と。

さて、この本にはポテトの歴史、貯蔵や冷凍、種類とポテトというものとの付き合い方が書いてある。いや、むしろ付き合うべきだという感じだ。

アメリカにはたくさんの種類のポテトがあり、ポテトによるオードブル、伊丹的には「オール・ドォーブル」からボイルド、ベイクド、カセ(キャセ)ロールを使ったもの、フライパンを使ったもの、そしてパンとケイク(ケーキ)とクッキー、メインディッシュからポテトのマージパンまで並ぶ。

最後にはポテト・ゲームまであるのだ。

本書の「レセピー」には、ヴィシソワーズ、クラムチャウダー、鮭のチャウダー、牡蠣のシチュー(シテューではない)、ポテトサラダ、マッシュルーム・サラダ、新じゃがのサラダ、フォンデュ、キャラウエイシード・ポテト、プディング・・

さらにロマノフ風、クリーム煮、飴炊き、カレー、分葱の炒め、チーズパイ、アイルランドのコルキャノンやチャンプ、コロッケ、パンケイク、すいとん、揚げ団子、水餃子、ザワークラウト・ワンタン、太巻、春巻き、ワッフル、ブリオーシュ(ブリオッシュ)、オムレツ、ハッシュ、ポテトパイ、フィッシュパイ、ムサカ、マッフィン(マフィン)、ドーナツ、チョコレートケーキ・・・

と、これらの料理名にはすべて『ポテト』とついて、当然、主役として出ずっぱりなのである。

初版から40年近くたって復刻版が出ていたのがうれしい。書店や中古店で見つけたら買っておくべき。初版を手に入れた時、当然カヴァーイラストは夫のポールの手によるものだと思ったのだが、ポール・デイヴィスに感化されたと思われるテイストでデビューした矢吹申彦氏だったことに驚いた。

それなのに本文扉のモノクロイラストはポールであり、ミルトン・グレイサー、トミ・アンゲラーなど多くの世界的なグラフィック・デザイナーやイラストレーターがそれぞれポテトをテーマにした絵を提供しているのもすごい。

つけ加えておくと、健康と美容については、髪を黒くする方法や小皺を取る、というのもあるので、言い伝えと割り切って試してみても良いだろう。

もうひとつ。同じくロングアイランド、サグ・ハーバーの南側、サガポナックに住んでいたトゥルーマン・カポウティによる、涎がでるほどうっとりするポテト礼賛の序文が素晴らしいこともつけ加えておきたい。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。