2020.07.27

越境した中国チチハルの味。 母子の味が伝えるもの。 後編

2019年12月も後半に差しかかった頃、RIFF編集部は日本では馴染みが薄かった中国・東北地方の料理店を先駆的に始めた梁宝璋(りょうほうしょう)さんにお話を聞く機会を得た。

ある取材に答えた「母が作ってくれた中国東北料理を伝えたい」梁さんの言葉が、私たちOPENSAUCEの”あらゆる食の遺伝子を未来に伝える”というミッションの出発点とリンクしたことがきっかけとなった。

取材には、450日をかけ世界中のキッチンをヒッチハイクした経験を持ち、食と文化を旅する体験を提供するEC・イベント事業を運営している株式会社キッチハイクの山本雅也共同代表にも加わってもらった。

前編はこちらから

インスタ映えしない
最高の土着の美味しさ

「80年代からちょっと(食料事情が)良くなった頃でも、まだ昔の料理が残っていました。でも、2000年以降は中国にいた頃に比べて料理も変わっています。伝統的な懐かしい美味しい料理は少なくなりましたね」

梁さんはお店で出す料理への思いを話してくれた。

「でもね、私もこの何年か、中国よく行くけど、南の方とか。やっぱりそこで初めての料理を食べるのは(楽しいし)美味しいんですよね。やっぱり、美味しいものはいいんだよねぇ。東北地方出身だからって、東北料理しか食べない中国人って、いないんだよなあ。日本人だから日本料理しか食べない、っていう人もいないですよね(笑)。というのは、自分も日本の刺身、お寿司も大好きだし、中国人でも日本人でもアメリカ人でも関係なく世界共通、美味しい料理は美味しいと思うからね」

「うちの料理は、日本人に合うものというより、当時の味をそのままに皆さんに出しています。それが個性的な特徴になってお客様がいろんな味を楽しめるんじゃないかと思っています」

私たちは取材の後に、再び待ち合わせた『老酒舗』に戻り、東北地方の料理を味わうことができた。お母さんが店内で現役のおもてなしをしてくれている。テーブルには、メニューの素材に至るまで小林さんのセンスが光る。酸菜もまた、お母さん同様、現役で多くの人々を魅了し続けている。

極端に言えば、それらの料理は茶色か粉物の白。野菜の緑色以外にはほぼ色がない。艶やかさを投稿するようなインスタグラムには一見向かないかもしれない。しかし、その一品一品の見た目は、寧ろ旨さの力強さというものを主張して来る。

その場でSNSにあげてみたら、その茶色い食べ物群の写真に「美味しそう!」「食べたい!」という反応が続々と来た。本物は伝わる。

キッチハイクの山本さんが聞いた。

「いろんな国の家庭にお邪魔して食べてきて思ったのは、地域の伝統的な料理ってあるじゃないですか、それはそれでベースとしてあるんだけど、それぞれの家で、さらに違う、ちょっと違うというのが面白いと思ったんです。梁さんが育ったお家ならではの料理というのもあったんじゃないですか?」

この話をしたかったと言わんばかりに梁さんが答える。

「あります、あります。母親はね、小麦の料理がすごく上手いんです。やっぱり餃子、蒸しパン、肉まんとか。小麦粉の料理好きですね。トウモロコシが多いけど、小麦もありました。小麦のほうが高級品ですね。母が作ってくれた蒸しパンは一番美味しい。油餅とかも、(小麦で作って生地でに油を塗ってつくるので)日本の餅とはぜんぜん意味が違いますけど、美味しい」

小林さんが教えてくれた。

「東北地方では発酵させた小麦粉の生地は、 一日ぶん作って、一部とっておいて、明日のぶんの種にするんですよね。そしてまた次の時、新しい生地に混ぜてまた使う。そうするとまた味がちょっと違います。酸味と匂いがある。それが美味いんだよね」

「家の味、ぬか漬けみたいな感じですね!お母様は、そういう料理はお祖母様から習ったんでしょうか?」と山本さん。

「あの頃は料理教室とかそういうのは無いですからね(笑)やっぱり、みんな自分の母親とかから習うんですよね。うちはこういう作り方、というのが代々受け継がれているんですね。
例えば、東北地方はみんな自分の家で味噌を作るんですが、面白いのはお味噌ね。それぞれの家庭で同じ製造方法なのに、みんな味が違う。うちの母親もすごく料理美味しいけど、小さい頃、同級生の家にご飯食べに行ったりすると、それぞれの母親の作ってる料理は味が違うんだよね。それは絶対そうなんです」

「面白いですね。味噌はお店では作ってないんですか?」と山本さん。

「味噌はまだ作ってないから、来年から作ろうと思ってます、このセントラルキッチンで。中国の味噌は、大豆100%で、麹とかは使わないですね。あと、発酵の方法は…日本の味噌は詳しくはわからないけど、中国の味噌はカメに入れて、塩水を足して、毎日見ます。日本の味噌はけっこう固まっているけど、中国のはちょっと水分が多いですね」

餃子の季節感。
中国の家庭に見る餃子文化。

「漢民族は豚肉の餃子が基本。でも(土地柄)ラム肉の餃子も大好きです。中国人は餃子は水餃子が基本。焼餃子はだいたい、街の店で食べる。自宅では水餃子ですね。形も、焼餃子は細長くて水餃子はちょっと丸いですよね。あと、味付けもちゃんとしてあるので、餃子本来の味で食べるのも楽しい」

「餃子のタレを工夫するよりは、具を工夫する方がいいという考え方です。日本の餃子の具は、キャベツ、豚肉、ニラ、ニンニクとか、だいたい決まってますよね。中国人にとっては、具が決まってなくて、日本のお寿司みたいな感じですね」

山本さんが餃子文化に食いついたようだ。

「家によって水餃子の中身もちょっと違うということですか?」

梁さん「家では、今日はちょっとこういう餃子食べるとか、今日はセロリとか、今日は長ネギとか、白菜とか、ニラとか、その日に何か食べたいとかそういう感じで餃子を作りますね。」

山本さん「自由なんですね。スパイスは使うんでしょうか?」

梁さん「基本的には塩、しょうゆ、こしょう、ごま油。あとは入れる野菜の美味しさで変わってきます。唐辛子とかはあまり使わないですね。
そうそう、特に水餃子食べるときはね、餃子を食べてから生のニンニクをかじる。日本人では想像できないですよね。それから白酒で流し込みます(笑)」

人気の白酒のハイボール

山本さんが世界の食卓を回った時のことを思い出して話す。

「フランスのブルターニュ地方のレンヌっていう街に行った時に、ガレットという、元々はそば粉と水と塩で作るクレープみたいのを食べたんです。いろんなものを包むんですけど、日本だとガレットに包むっていうとサーモンとか、チーズだとか、っていうのが一般的なんですが、現地の家庭に行くと、いや、なんでも包むよ、みたいな(笑)。
さっき梁さんがおっしゃっていた、今日はニラ、今日はセロリみたいに、フランス人も、今日は卵とハム、ほうれん草と玉ねぎのコンフィ、次は鰯とか、結構なんでも入れるんです」

梁さんが中国東北地方餃子ワールドを広げてくれる。

「あと、季節もありますよね。旬の野菜で作るっていうのはありますね。お寿司もそうですよね。この時期、この魚とか」

2020年7月現在、ラム肉餃子の通信販売が始まっている

山本さん「へー、中国の餃子には季節感や旬というものがあるんですね」

梁さん「ありますね。例えば、ニラの餃子を作ると春だなという感じがします。

冬の間は保存食が多いので、新鮮なものは春ですね(出始めのニラの葉は柔らかく、香りも強くて美味しいと言われる)。季節が変わって今度はピーマンの餃子を食べます。ピーマンを細かくして、青っぽい餃子になりますね。だから、なんでも餃子(笑)。夏の味です。
秋、冬になると酸菜のように発酵させた白菜、長ネギですね。正月は、どこの家でも発酵白菜、酸菜の餃子。もう決まり!みたいな感じ。
でも、それ、ほとんど豚肉です。羊肉はやっぱり贅沢ですね。羊肉は、どこへ行ってもお祝いの時などに食べる高級な肉ですよね。」

お母さんの料理で移り変わるチチハルの季節を感じながら心豊かに育った梁さんを想像した。

料理人ではなかった梁さんが、生活のために始めた料理を20年以上続けて来たのは、母の料理があったからだ。

羊肉の餃子の味で伝えたい中国

2019年12月、完成間近のセントラルキッチンの梁さんとスタッフ

「機会があればやりたいお店はいっぱいあります。ここのセントラルキッチンはまだできたばかりですけど、来年はここで『ラム肉の餃子』をたくさん作って、日本全国に販売したいんですよね」(※2020年6月現在、通販で販売中)

梁さんの、伝えたいという強い気持ちがセントラルキッチンへとつながっていく。

「ラム肉餃子って、東京にいると食べるチャンスはありますけど、地方ではあんまり食べられないですよね。東京でも、ラム肉は売ってるけど、ひき肉までは加工してない。だから、皆さんラム肉餃子はなかなか店に来ないと食べれないです。
なので、そういうビジネスをやれば東北料理がもっと広まると思うんです」

味坊の店をやってから、出身地の東北地方のメニューを出した。喜んで食べてくれるお客さんを見てきて、梁さんは思った。

「お客さんが美味しそうに食べてるの見ると、もっと中国の各地の美味しい料理をたくさんの人に紹介したいという気持ちになります」

5店舗がそれぞれ賑わうようになり、より効率的に本当の中国料理を提供するためにもセントラルキッチンが必要になった。セントラルキッチンと言っても大量生産をする工場のようなものではない。厨房の中にはレンガで作った未完成の炉があった。子豚や子羊が丸ごと一頭焼ける。

梁さんはそれぞれの店の厨房ではできない、さらに美味しいものを提供できるのが嬉しそうだ。

厨房には子豚や子羊の丸焼きができる大きな焼き場も備わった

食べるということは、平和だよね

小林さんが店の料理について語る。「基本的には、梁さんは下ごしらえを徹底的にやるんですね。手間を惜しまず。そこは妥協しないなぁ、と思います」

梁さんが続けた。「例えば、ふつうは機械でやると思いますけど、お店で使うひき肉は全部包丁で叩いて作ります。スープも鶏、豚のバラ先軟骨で時間かけてとります。野菜も、4、5年前から青森の同じ中国出身のおばあさんが作ってくれています。宅配便で送ってもらってるんです。
白菜とか、パクチーとか、唐辛子とかいろいろ。中国の野菜の品種に近いですね。あと、作り方でも農薬は使わない。
肉まんも、イーストじゃなくて(時間がかかったり手間だけれど)天然酵母を使ったりします。そういうこだわりですね。うちの味は」

後退しているわけでもなく、進化させようとしているわけでもない。食の遺伝子が伝えるものに従って、梁さんはあの場所へ戻ろうとしている。

日本に来て初めて店を開いた頃から心の奥にあったこと。みんな同じに思えた日本の中華料理への”違和感”と”こだわり”が、後に店舗を増やした時、特徴を出しながら店の名前を少しずつ変えさせた。

「同じチェーン店のほうが(わかりやすくて安心できるから)ビジネスには便利じゃないですか。もちろん、そういう儲かるようにというのは基本なんだけど、店舗一つ一つは違う作り(テーマ)にしています。
その方が、自分も勉強になるし楽しみもあります。ビジネスよりは、楽しいことがけっこう重要かなと思っています。楽しい仕事ね」

「楽しいと美味しいは相性がいいんですね」と山本さんが続けた。

「そうだね、楽しむことがなくなっちゃったらだめですからね。
あとは皆さんにも中国の食文化を理解してもらって、中国、こういう料理もあるよ、っていうのを紹介したいですね。中国人も結構、うちの店に来てくれています。小麦粉の料理とか、発酵白菜とか、本場の味として、懐かしいと言ってくれます」それが楽しい、と梁さん。

山本さん「世界中を旅してきて、その地域を知りたければ、まずそこの食べ物を知るべきだと判りました」

梁さん「その人を知りたいなら、その人が何を食べているかを知ることだ、という話がありますね。地域と置き換えても同じですね。広く取れば(お互いに)食文化、食べ物で理解しようとすれば争いにならないということにもなりますね」
「それって一番平和ですよね」と山本さん。

梁さんは言う。「そうですよ。食べるということは、平和だよね。一番いい仕事なんだよな。人間の第一。生きることは、まず食べることですからね。その楽しさね」

梁さんの話を聞いて私たちは、料理に怒りや悲しみは残ることはなく、やはり食の遺伝子は幸せの記憶を伝えていくものだということを確信した。

味坊グループ
http://www.ajibo.jp/
キッチハイク
https://kitchhike.com/

写真:高橋俊充