マグロと醤油
日本料理における、春の旬についての対談。前編に続いて、マグロの話題の続編です。
加賀料理のメジマグロの話題から、日本人のマグロ食の歴史にまで話は進みました。続編である今回は、マグロ食において醤油が果たした大きな役割について。
醤油が育てたマグロ食文化
髙木:確かに、マグロを例えば煎り酒で食べようとすると全然美味しくない。やっぱり醤油の大豆の香りというかああいうものがないとダメですね。
※煎り酒 江戸時代の代表的料理書である『料理物語』に「鰹(削節)一升に梅干十五、廿入れ、古酒二升、水ちと、たまり入れ、一升に煎じ漉し、冷やしてよし」とある。日本酒に梅干しと削り節などをいれて煮詰めた江戸時代の調味料のこと。
三石:アミノ酸が足りないのかな。
髙木:あー…。
醤油が出るまでって基本的に煎り酒とかだったでしょう、味付けは。膾(ナマス)なんかでもそうですけど。
逆にそれがベースになって、それに合うものにしかお刺身になれなかったという考え方もありますよね。
三石:そうですね。
もし、醤油が新しくバージョンアップしていったら、刺身にできるもののバリエーションも広がっていく可能性がありますね。
髙木:刺身じたいは昔から食べてるんでしょうけど、今たとえばスペインなんかで生の魚を食べようとすると、一回マイナス50度で24時間凍らせないとダメなんですよね、法律上。
寄生虫の知識が乏しいから、要するにそれで当たったり死んだりするからっていう。
日本も相当、死んだんですよね?それで。
三石:縄文時代の人も当然のことながら寄生虫持ちだったみたいです。排泄物はなくなっても、寄生虫卵はとても丈夫で分解しないで残っているので考古学の方たちが顕微鏡で見ていくんです。それで、あ、ここがトイレだ、というのがわかる手がかりになります。
あと食中毒系でいうと『貝』ですかね。貝塚とかいうぐらいなので縄文人は貝食ってるわけです。
それで貝食って食中毒になるかというと、今ほどではなかったはず。貝に毒があるって言われるのは貝がプランクトン食べて、毒を内蔵の中に溜め込むからじゃないですか。
なので、ホタテは当たらない。ヒモの部分取って、柱の部分だけ食べて、内臓(ウロ)捨てちゃうから学習していけば防ぐことができる。
それでもなるんだとしたら、もう一個はノロウイルスですね。
ノロウイルスの感染源って人のウンチなので、それが海に流れてって、貝が取り込んじゃう。
現代は汚水処理してますがノロウイルスがしっかり流れていっちゃうんですよね。
現代のほうが、海にノロウイルスは断然多いはずですよ。縄文時代の方が人口少ないですから。
髙木:それでも、これだけきちんと処理してる今のほうが多いんですかね。
三石:そう思いますね。なにしろ縄文時代の人口ピークといわれる縄文時代中期でさえ26万人。この程度ですからノロウィルスの量なんてタカが知れてるんじゃないかなあ。
髙木:でもフランスなんかだと、アサリみたいな貝、普通に生で食うじゃないですか。なんであれ当たらないんですかね。
三石:なんでですかね…。
有害なプランクトンがいないとか、なんかあるんでしょうか。
髙木:最初、スリル満点でしたよ。よく噛めば大丈夫とか言われて。それ意味違うと思うんだけど(笑)
三石:タイなんかでも怪しい料理の仕方するところありますよね。
アサリみたいのがグニグニしてて、これちゃんと火が通ってないけど食べて大丈夫なのか?っていうけど、みんな食べてるからまぁ、食うか…って。すごい不安になるけど案外、大丈夫ですよね。
髙木:昔、韓国のどっかの市場で焼いた貝を食べようとしたら、匂いがしたんでこれ無理だなって思ったんだけど、ところが韓国の人はバシバシ食べてるんですよ。なんなんだろうと。
その話を韓国の人にしたら、キムチだって言うんですよ。そういう効果あるんですかね?
三石:いやー、キムチは乳酸発酵はしてるけども、そこまでかなあ(笑)。乳酸菌は食中毒の菌が腸管に入るのを防いで、体外に排出してはくれますけれどもノロウィルスはダメなんじゃないかなあ…。
ノロウイルスって摂取したあと腸の中でそれが爆発的に増えることで感染するので、腸の中で爆発的に増えなければいいのだけれど、乳酸菌をそこまで信じきれるかというと私はムリかな(笑)。
髙木:あの味じたいが強烈なのでいけるかなって思ってたけど(笑)。
三石:そういえば多くの海外の人たちは、いまだに日本人は生で食うの信じられないとかって言いますよね。
髙木:僕は1986年にアメリカの高校に行った時に「お前は生の魚食うのか」って言われて、「食べるよ」って言ったら、「お前はSea Lion(アシカ)みたいだ」って言われて。
まだそんな程度の認識だったと思うんですよね。
アメリカなんかだとたかだか30年ちょっとしか、生食が認められてきてないから、余計にいろんなレギュレーション(規制)が厳しくなる。そんな中でマグロなんかはすごく使いやすい魚じゃないですか、知らない人にとってみれば。
だから、本来でいえばもっともっと養殖とか盛んになってもいいと思うんですけどね。
三石:いま、生まれたての鯖のオス・メスにマグロの精原細胞と卵原細胞を移植してそれでサバがマグロを産んで増やす、みたいなのを東京海洋大学がやってるんですよね。すでに近畿大学では(マグロの)完全養殖やったりとか。
いづれにせよ、マグロは醤油サマサマですよ。醤油がなかったらば本当に成立し得ない。
髙木:確かに、マグロを醤油なしで料理しろって言われると結構きついかもしれないですね。
マグロの刺身を醤油なしで作れと言われたら…。
三石:酢の物にされても困りますしね。
髙木:うーん…なかなか出てこない。
ちょっとずるいけど納豆とか。
三石:やっぱりアミノ酸の旨味を借りないとダメっぽいですね。
髙木:油だけでもだめだし、そこに関しては不思議ですよね。
三石:醤油じゃないやり方だと、うちのばあちゃんはトロを炙って食べてたんですけどね。トロはトロのまんま食べるものじゃないって。
髙木:炙ったら塩コショウでもいけますね。
面白いですね。江戸前のヅケっていうのは、柵取りにしたものに熱湯をかけて、それをヅケにするんですが、金沢のヅケってそのまま漬けるんですよ。
柵取りにしたものとか、切ったものをそのまま漬ける。
関東のやつは完全に、湯霜(ゆし)をして漬けます。そこは全然違います。
三石:ほう~。
切ったものをそのまま漬けてヅケにするのは金沢だけなんですかね。そういえば京都ってマグロ食べるのかしら。
髙木:まぁ、あるとは思いますけど元々食べてたとは思えないですね。
三石:東京人はカツオも食べるし、今ではマグロも食べる。アレだけ下魚って言ってたのに、うちら食に関して節操がない(笑)
髙木:京都の場合、例えばノドグロとかあるじゃないですか。ああいう魚って本来は嫌いなはずなんですよ。脂が乗ってるっていうか。だから、例えば白身でも、ああいったノドグロより焼き物でいうと甘鯛の方が良いっていう。そういうことから考えると、大トロなんかはまず外れですよね。彼らの嗜好からすると。
三石:ホルモンとおんなじ扱いですね。
塩、酢、酒?マグロよ、やっぱり醤油が命?か
三石:昔の時代、京の都で鮮度のいい海魚で唯一期待できそうなのは鱧(はも)ですね。
鱧は、あいつ丈夫なので、鮮度が保たれたまま内陸まで届けることができる。
ただ平安時代後期にパーティー的儀式で出された大饗(だいきょう)料理の様子が『類聚雑要抄(るいじゅうざつようしょう)』という有職故実書に書かれているのですが、その食事なんか見ると、干物、干物、干物、干物、塩辛、塩辛、塩辛、塩辛、みたいな。
髙木:それは漁師もそうなんですか?
干物にするのは流通と保存の問題じゃないですか。獲ったばっかりのやつはいけますよね?
三石:もちろんいけますが、獲ったばっかりはどうやって食べたんでしょうね。たぶん…塩を使って何かするくらいしか調理法無かったはずなので。あとは、お酒に浸す、酒びたしっていう料理法もありますけど。
髙木:あー…。
でも決して美味いもんじゃないと思う。
お酒で保存できますかね、あんな糖度の高いもんで。夏場とか絶対アリとか来ますよね。それに旨味が増すとは思えないし…。
三石:あとは酢。酢は平安貴族の饗宴で四皿でる調味料の1つです。ほかだと醤(ひしお)、肉醤とか。醤というので醤油っぽい感じがしますが、塩干(しおから)系ですね。醤、酒、塩、酢。この4つですね。
髙木:酒、塩、酢…全部マグロに合わないですね(笑)
三石:そうですね(笑)
これだと万が一鮮度がよいまま流通したとしても、マグロが食卓にのぼり得ないですよね。
髙木:それでいてここまでポピュラーになるっていうのは、キッコーマンのおかげ(笑)。
三石:江戸時代の地廻醤油という濃口醤油のおかげですよね。
今や日本食は醤油一色と言ってもいいくらい。そういえば外国人が日本に来ると醤油の匂いがするって言いますよね。
髙木:韓国で空港に降りるとキムチの匂いがするみたいなもんだよね。
三石:タイもナンプラーの香りしますよね。タイの匂いがする!って。
金浦(きんぽ)空港、確かにキムチの匂いした気がしますね。
髙木:でもたぶんそれは、空港のターミナルの食堂から匂ってるんだよね。
昔の金浦空港って、場末感があって…。今は妙に綺麗になって風情もないですけど。
あの、人が誰もいないような食堂でよくわからないものを食べて帰るっていうのが楽しかったですよ。
あそこ、降りるたびに上空からの撮影は禁止されてますとか言って、でもGoogleとか見たら見えるじゃんって思いますけどね(笑)
※とりとめのない春の旬話、次回、山菜のことから、「美味いものとは何か?」に続きます。