ここは北陸一の歓楽街、金沢・片町にあるスナックパンチ。ご好評をいただいておりますOPENSAUCEメンバー、 料理人・髙木慎一朗vs歴史学者・三石晃生の和食の旬対談、始まりました。居合わせた仲間たちも加わり、スナックならではの脱線対談へ。春・夏に続き冬のお題はフグ、タラ、大根、かぶら、岩海苔。まずはふぐ編から。
三石:ふぐの季節は「秋の彼岸から春の彼岸まで」って言いますよね。
髙木:ところが、ふぐ使いたくなる時って結構、他のものもいっぱいあるんですよ。鰤あったり、蟹あったり。
三石:他の食材に埋もれちゃうんですね(笑)
髙木:ちょっと出番が微妙で。ところが金沢の人って、ふぐ尽くしってやると結構、飽きるんですよね。
味が淡白じゃないですか。ポン酢しか味しない、とか。
三石:僕も同じ意見で、実はふぐの美味しさってよくわからない、未だによくわからないままなんですよ。
唐揚げにしても鶏っぽいし。ささみでいいんじゃないかと。
髙木:やっぱり、高級だから美味そうに感じるっていうのはあるんじゃないでしょうか。
白子がないと怒られるし。年内、白子って出ないじゃないですか。だから、だいたい使うのは年明けくらいからぼちぼち。
三石:ふぐはぶっちゃけ、髙木さんは美味しいと思ってる食材ですか、どうですか。
髙木:ふぐは…便利な食材。
三石:便利な食材?というと。
髙木:ふぐ出されて腹立てるやつはいない。
三石:なるほど(笑)
お客さん:フグだけにふくれっ面になるやつはいない(笑)
髙木:二十年近く前に、若かった頃、お客さんでふぐ好きな人がいて、てっさ(ふぐの刺身)出してくれって言われて、てっさ出したんですよ。
てっさ出せって言うから出したら、白子がねえつって暴れて。こっぴどく怒られたんですよ。
てっさと来りゃ白子が付きもんだ!ってずーっと怒られて。
まだ20代だったので「ふざけるなこのジジイ」とかって思ったんですけど、そのお客さんが試すようにその一週間後にまた予約入って、「てっさ出して」とかって。
それでもう、あんまりムカついたんで、すぐ福岡の仲買に電話して「この日の朝に競りかかった白子で一番高いやつ、一番でかいやつ、いくらでもいいから落としてこい」つって。そしたらまた運の悪いことに、すごいやつが落ちてた。福岡→小松便に載せてもらって、空港に取りに行ったんですね。
電話かかってきて、いやすごいのあります、こんなのもう無いですって…だんだん心配になってきて、値段が。
三石:(笑)
髙木:いくらでもいいと言ったものの。まぁいいや、ブツ見てから文句言おうって取りに行ったら、白子ってだいたいこのくらいの大きさなのに、箱がこんなでかいのよ。
なんだそれと思ったら、こんなでかい白子が取れたって。白子で、1.8キロ。
三石:へぇ!元のふぐすごいでしょうね。
髙木:15キロだって。白子だけを取って、そんなでかいふぐって値段つかない、鍋屋しか買わないから、白子で競り値でキロ16万って言われて。えっ…て。
三石:そのお客さん、えらい値段払ったんですね、結局。
髙木:それ一人で食えるわけないから、おれもよく考えたらお客さん二人だったなのを忘れてて、まぁ、いいやと思って見せて、「この白子、すべて召し上がって頂いて結構です」って。
二切れ!
でも良かったです、美味しかった。
RIFF編集部:てっさの「てつ」は鉄と言われてますよね。当たると死ぬ=鉄砲のてつ。
ふぐの解毒法は土に埋めること?
三石:通になると、肝臓なめないと嫌だみたいなこと言いますよね?
髙木:いや…おれ死にたくないですよ。
三石:そういう変態がね。あのピリリと舌がしびれる感じがないと嫌だみたいな人が。
髙木:あれ、でも実際しびれないでしょう。呼吸困難になるから。
だからナントカっていう注射打てば治る。
三石:今は治りますね。あれはテトロドトキシンっていう毒なんです。
テトラオドンチダエ(Tetraodontidae)っていうのがフグ科の学名です。
ラテン語で歯のことをオドン。それが四箇所あるからテトラ(ラテン語の4)。そのふぐが持ってる毒だからテトロドトキシン(トキシンは毒という意味)っていう毒なんですけど、あいつの毒にかかると、呼吸困難になる。
冬じゃないですか、フグ食べるのって。冬に食べるから、当たる時に一番最初に、唇とか末端神経からしびれるんですよ。
髙木:あ、それでしびれるってことなんだ。
三石:それで末端神経の感覚が鈍ってって、あ~、でも冬だしな~(冷えてるんだなあ)、酔ってるのかなあ、と思って寝ちゃうんですね。
髙木:あ、それで死んじゃうんだ。
三石:それで死んじゃう。麻痺して呼吸が行われなくなって死ぬ。フグ毒は排出が早いので代謝が完了する8時間、呼吸が続いてればOKなんですよ。
髙木:つまり、肝を食べても呼吸ができればいいってこと。
三石:そういうことです。
髙木:しかも、8時間で解毒しちゃう!。
三石:解毒します。なので、呼吸器でもなんでもつけて8時間生かしておけば、まぁ間違いない。
みんな寝ちゃうから夜、死ぬんですね。
髙木:いいこと聞いたなぁ。
RIFF編集部:だめです!
中野(銭屋):土に埋めたら生き返るっちゅうのは都市伝説ですか?
三石:あれは、意味がないといわれているけれど私は生存率は上がるとおもう。フグ毒にやられて血圧が低下しますから、埋めることで末梢を圧迫して血圧低下は防げます。
血圧低下が防がれて、呼吸も強制的に維持させられる。
で、動けないから毒もまわらない。
髙木:じゃあまんざらデタラメじゃなかったんだ。
三石:まんざらデタラメじゃないですね。
中野:埋めましょ、埋めましょ。
髙木:埋められて、呼吸できると思えないけど。
三石:普通の人じゃ無理ですよ。
髙木:じゃあ誰だったらできんの。
三石:フグにやられた人限定です。フグ毒は肋間筋が先に麻痺するんです。それで肺が膨らまなくなって呼吸ができなくなる。土に埋めると胸郭が固定されて、横隔膜の小さな動きで呼吸がなんとか維持されます。
は、は、って、辛うじて呼吸をし続けられるってことですね。
でも砂自体に解毒作用があるとかではないので、呼吸を確保して毒が代謝される8時間をなんとか待って生き残らせるっていう意味でいったら、何もしないより生存率は上がるといえますね。
※これをお読みの皆さん、この方法に頼って絶対に実行しないでください!
ふぐ食の歴史と、ふぐよもやま話
髙木:でも実際のところふぐの肝って猛毒なんですけど、毒を抜く仕事ってあるんです。
ただ、あまりにもシンプルなんで、マネしやすいから、なぜか見せないっていう。
実際は本当に簡単というか、時間はかかるんですけど簡単なんです。
ところが、それだけ見てたら、例えば本当に調理場入って一年目、二年目の子が、あ、俺でもできんじゃん、みたいにやっちゃうと事故が起こるから見せない、という。ちゃんと習ったことあります。
中野:今(12月)の時期やったら、完全に天然じゃない、海じゃないところで養殖してるふぐだったら真子(腹子)まで食べれるって言いますね?
三石:ああ、食べれます。だってふぐの毒テトロドトキシンって、ふぐが持ってる毒じゃなくて、いろんなもんを食べて、ふぐが生物濃縮して溜め込む毒なんですよ。だから、産地が違ったらぜんぜん大丈夫だし、縄文時代の遺跡にたくさん、ふぐの骨出てくるんですよ。
で、このふぐはどうやって捌いたんだ?? みんな死んだのか?って。
もちろん食中毒例もあるんですけど、毒があったにしてはかなりの出土例がある。
だから、たぶん縄文時代の頃のふぐは毒持ってなかった可能性ありますね。体の中に毒を溜め込む生物濃縮持ってなくて。
でも、千葉県市川市の姥山(うばやま)貝塚遺跡という縄文遺跡で、一家が全員、同時くらいに死んでる遺跡があって。
全員死んで、たぶん、悪霊の仕業と思ったんでしょうね。
家ごと全部潰してる。
そこからはふぐの骨が出てるから、まあ~これはふぐ毒に当たったなんだろうなと。
当たるやつもいる。ただ、縄文時代のふぐは今よりずっと当たらなかった、これは間違いないですね。
話それますけど、ちなみにフグって、前にも対談で話しましたけど、中国では「鮭」って書いてフグです。
日本の「鮭」ってあれ、中国でふぐですよ。
「圭」っていうのは「怒る」っていう意味です。
プンプン怒るとふくれるから、怒りんぼの魚っていう意味で、後漢の王充が書いた『論衡』っていう書物にも書いてありますね。「鮭肝人を死なさしむ」。つまり「鮭」は死ぬ毒を持ってると。
もともと日本では、鮭って生臭い味がするので、魚偏に「生」って書いてたんです。「鮏」って。これがだんだん崩れていって、右側が「圭」になった。
河豚って「豚」と書かれるのは、「なんでも食べるから」「丸々してるから」「豚みたいに美味しいから」って説があってよくわからないです。
髙木:さっき、美味しくないって言ったじゃん(笑)
三石:僕はウマくないと思うけど、それはまだ美味しいフグを食べていないだけかもしれない。本当は美味しいのかもしれない。
髙木:でもふぐの漢字の「河豚」って、なんで「河」って書くんだろう。淡水じゃないでしょ。
三石:あれ、黄河で揚がるからです。
髙木:ふぐが海から河に遡上してくるの?
三石:マフグっていう別の種類なんです。メフグとも言いますね。漢籍の『山海経』ではフグを「肺魚」といっています。これは揚子江のフグ。江豚、河豚とあったらこれは「黄河」のフグ。
メスの種類が、水面の方に上がってきて呼吸したときに、フゴフゴって豚の鳴き声っぽいっていうんで、「江(河)の豚」と名前がついたんだっていう説もあって由来は不明です。
髙木:へえー。治部煮がジブジブっていうのと一緒ですね。
中野:名前の説っていうのは、その人がどう感じたかにもよるんですね。
三石:そう、名前の説って結構、あてにならないものがいっぱいです。
治部煮も「ジビエ」から来たんだという説もあるし、名前の由来はコレだ!なんて確定できるものは少ないです。
そういえば名前といえば面白いところでは、シシャモ。季節過ぎちゃいましたけど、あの語源はアイヌ語ですね。
アイヌ語でシュシュが柳のこと。ハムは葉っぱです。まるで柳の葉のような形をしているから。
髙木:いま一般に出てるシシャモはシシャモじゃないんだよね。
三石:あれ、カペリンっていうカラフトシシャモっていうまた別モノですからね。
髙木:最近、トラウトサーモンとかすごい魚いっぱい出てきてる。トラウトとサーモン一緒かよっていう(笑)
三石:身が大きくてべろーんとしてるやつ。
中野:どういう意味なんですか、トラウトサーモン。
髙木:ニジマス。だからトラウトサーモンって商品名だって言い張ってる。摩訶不思議。ニジマスっていうと商品として売りづらいから。
三石:トラウトって鱒ですからね。トラウトサーモンは鱒鮭。お前どっちなんだよ、みたいな。
ママ(スナック・パンチ):いいものに聞こえます、消費者には(笑)
三石:横文字にするとなんでもよく聞こえるもんね。
髙木:ふぐって面白いのが、これほど日本料理が世界中に広がってるのに、ふぐ食はそれほど広まってないですよね。
三石:中国は最近、二十数年ぶりにふぐ解禁したんですよね。
それまで、ご禁令だったんです、毒に当たるので。
髙木:上海から車で4時間か5時間くらい行ったところの、陸地のど真ん中にある養殖場行ったんですけど、初めてふぐのまるごとの煮付けって食いました。
…まったく美味くない。
三石:ああやっぱり(笑)
髙木:でもこういう使い方するのかなっていう風に。中国ってなんでも煮るようなイメージあるけど、まさかふぐをそのまま煮るとは思わなかった。
なんか毒残ったらどうすんだろうっていう。
三石:毒のところ取るんじゃなくて、丸ごといっちゃうんですか。
髙木:養殖のふぐは毒がないので。
三石:そうだ、フグ毒は生物濃縮なのでエサに毒がなければ毒ないんだった。
食べる貝で貝毒を貯めていくから。
髙木:でも、養殖のふぐと天然のふぐってまず見分けつかないですよ。素人さんは。
三石:見分けつくんですか、プロは。
髙木:わかるわかる。
三石:何がわかるんですか、身の太り方ですか。
髙木:まずヒレ。
三石:傷があるとかないとかですか。
髙木:傷は天然だってあるけど、やっぱり形が違う。
天然のやつはもっとでっかくて長い。養殖はわりと、うちわみたいな短いやつ。
それはもうテキメンなんですけど、泳いでるとこだけ見たらわかんない、素人さんは。
だから、それをもし養殖のふぐの肝食べてもいいよって言おうものなら、絶対みんなごっちゃにするから、禁止だったんでしょうね。
三石:なるほど。もともと江戸時代もご禁制ですからね。松尾芭蕉も俳句残してるんですよ。
わざわざこんな毒の入ってるものを食うやつはバカだよね、みたいな。
『あら何ともなや きのふは過ぎて ふくの汁』
『河豚汁や 鯛もあるのに 無分別』
髙木:そう言えばあれって、本当に伊藤博文はOKしたのかな。
注:秀吉の河豚食禁止令が出たが一部民間では食されていた。明治時代に入り伊藤博文が下関の料亭「春帆楼」でふぐを食べてから、山口県知事に掛け合い、ふぐ食が公に解禁されたと言われている。
三石:あれね、俗説だと思う。
髙木:でもいいな、そういう伝説作るの。
三石:髙木慎一朗が言って、県知事を動かして、それで金沢の名物料理ができていくというストーリーね(笑)
ふぐ調理免許試験の思い出
髙木:でも、ふぐっていまだに、ふぐの調理許可と、ふぐの提供許可いるんです。
施設許可と個人の免許と2つあるんですよ。ちゃんと取りましたよ。遅刻して行ったけど。
これがまた、ふぐの試験って面白くて、捌き方ってお店によったりやっぱり違うんですよ。
ところがふぐの試験には講師がいて、「はい、ここまでやって」「はい、ここまでやって」って、それについて来れなかったらマイナス点が付くっていう。
ところがそのやり方が、普段店でやってるやり方と違ったらもう、あぁ⤵︎みたいになる。
具体的には、ヒレ、皮と順に取っていくんですけど、横から包丁入れるか、縦から包丁入れるかでまず全然やり方が変わってくる。
中野:日本で使える免許っていうのも、下関と東京の免許だけが日本全国で使えるんですけど、下関と東京のやり方って違うんです。
髙木:石川県の免許と、大阪の免許、東京の免許の格とかも全然違うから、結局、なんのための免許かよくわからない。
あれは都道府県が出すから、石川県の免許持って東京でやるとアウト。
ママ:どこで店を開くかで取らなきゃいけないところが違うんですね。
髙木:そうそう。ちょうど忙しい時でね、
10時からだと思って行ったら実は9時からだった。
すっかり間違えてて、仕込みしてから行った。筆記試験とかも、行けばわかるとしか言われてないから、先輩に。だから勉強もせずに行って。
三石:わかりました?
髙木:いや、わかんないんだ全然。
で、まず実技とか講習が若干あって、そのあと筆記試験。知り合いの料亭の若旦那が一緒に受けてて、どうしたの、って遅刻してきたのを心配してくれて、自分が勉強してきたテキストを貸してくれたの。
びっしりアンダーライン引いてあって。
三石:いいやつだ。
ママ:赤ペン先生。
RIFF編集部:いや、それは添削です。
髙木:アンダーライン引くことが仕事じゃないかっていうくらい。で、講義聴きながらチェックしてメモして、なんとなく頭に入れて受けたんです。本人は、なんか徹夜してきたとか言って。
すげえな、気合入ってんなと思って。で、一応受かったんですけど、答案返ってくる。何点だったかってわかるんですけど、2問しか間違えなかった。
三石:おー、若旦那のおかげ。
髙木:二人とも受かりましたよ。でも、あの手の免許で答案が返ってくるって珍しいんですよね。
だって、調理師免許とかないもんね。国家試験のテストが返ってくるって無いですよね。
だから珍しいなと思って。
三石:ちなみに2問って何を間違えたんですか。
髙木:たぶん、ふぐの名前だったと思う、アカメフグとか。
こっちはトラフグしか使ったことないから知らなかったし(笑)。
髙木:ふぐの身よりも美味いなと思うのは、骨から取る出汁。美味いですよ。
宮田(OPENSAUCE代表):ふぐって唐揚げ以外あんまり興味ないな。
ママ:(遠い目で)ふぐ、好きだなあ。白身が淡白で。
RIFF編集部:(冷たく)いい店調べておくのでご自由に行ってらしてください。
ちょっぴり毒のある、ふぐのフルコースのようなふぐ対談となりました。
次回は、冬野菜の定番、カブと大根について掘り起こします。
illustration:Yuhei Nakai