2019.07.10

夏の和食の旬対談 ”鮎” 後編

鮎

2019年10月開業予定 レストランスタッフ大募集!

夏の和食の旬を掘り下げる対談。OPENSAUCE運営の、金沢・片町にあるスナックパンチで繰り広げられています。

トマト編アワビ編鮎編タコ編氷編を経て、今回は鮎についての後編です。 鮎の生態に意外な変化が…?

OPENSAUCEのメンバー、料理人・髙木慎一朗と歴史学者・三石晃生による夏の 「旬」対談。残り数編、お楽しみください。


髙木:アワビは、けっこう世界中っていうか海外でも食べるじゃないですか。トマトもまたしかり。鮎って、日本と韓国、台湾じゃないですか。でも、まともに食べてるのって日本だけですよね。

三石:鮎は国栖魚(くずうお)っていって、国に栖(す)む魚と書いて、日本の魚なんですよね。

徳川将軍に献上した寿司っていうのは鮎の寿司ですしね。握り寿司じゃないですね、当時。

髙木:でも鮎の寿司って速攻、傷みそうですよね。

三石:それはもう、なれ鮨にしちゃうんでね。

髙木:想像しただけで…あれ、人の体温だけでもダメになっちゃう魚ですんでね。

宮田:鮎ってどのくらい長生きするんですか?

髙木:一年です。

三石:子供産んで死んじゃいます。

なので、年魚(ねんぎょ)ともいいます。

宮田:あいつ、なんで一年で死んじゃうんですか。

三石:子供産んで、全てを使い果たして、「さらばじゃ〜…」

宮田:じゃあどんどん食ったほうがいいんだね(笑)

髙木:今は犀川(さいがわ)で釣り師が釣ってる鮎っていうのは、基本的には放流したものをでっかくなって釣るってやつですからね。

完全な天然遡上の鮎っていうのは本当に少ない。
ちなみに、うちには専属の鮎釣り師チームがいるんですよ。

三石:へえ〜!専属の。

友釣りが通用しない?変わる鮎の生態

髙木:鮎のサイズっていうのは、うちの店の場合は頭から食べれるサイズじゃないと塩焼きにしないので、当然、大きさは偏ってる。ところが釣り師っていうのはでかいの釣ったほうが喜ぶわけですよ。うちはでかいのいらないわけです。

それで、うちに鮎専用の水槽があるんですけど、そこに常に鮎を泳がせてくれるようにチームをお願いしてます。でかいやつはらいない。このくらいだけ、って。それで、彼らいわく、鮎の生態もずいぶん変わってきてるそうです。

友釣り(※)ってもともと、鮎の縄張り意識を利用した漁法じゃないですか。
その本能が変わってきたみたいで。

友釣り:掛け針をつけた囮の鮎を野鮎の縄張りに侵入させ、野鮎が囮の鮎を追い払おうと体当た りする習性を利用して引っ掛ける釣法。

三石:もう争わないんですか。

髙木:並んで泳いでるっていうんです。

友釣りっていうのは、他所の鮎の縄張りに入ってきたから「てめえこの野郎」って体当たりしてきて針にひっかかるのが理屈じゃないですか。

入ってきても、一緒に泳いで、岩についてる苔を一緒に食べる。

三石:鮎にもそういうお友達世代の波が来ちゃったんですね(笑)

髙木:そう、並んで泳いで友釣りが機能しない時があるとかいって(笑)

三石:実は、友釣りっていうのは江戸時代に伊豆で生まれるんですよね。

伊豆の尺八名人の坊さんがいて、この人はずーっと人里離れたところで暮らしてて、鮎ばっかり見てて、こいつらって縄張り意識もしかしてあるんじゃね?と気づいて、友釣りを発明したそうで。

それまでは、竹の梁で釣るか、鵜飼いみたいなので採るかしかなくて。3世紀末の『魏志倭人伝』なんかでは、日本人って魚を鳥で釣るっていう変なことしてる!!って書いてるんですけど、おそらく彼らが見たものは鮎だっただろうと。

髙木:金沢は毛鉤(けばり)が有名ですよね。

宮田:加賀毛鉤! (※)

  ※加賀毛鉤 :毛鉤とは、鳥の羽を使用し餌に見せかけた釣り針。江戸時代、外様大名であった加賀百万石の前田家は、幕府から厳しい監視の目が向けられており、武芸の推奨も謀反の疑いを受けるため、鮎釣りも足腰の鍛錬という名目で始まった。
鮎釣りに使う毛鉤に限らず、友禅、蒔絵なども工芸品もその理由から奨励され、加賀の生活に浸透していった。

三石:引っ掛ける?

髙木:ひっかけるんじゃないです、食べるんです。
ということは、苔だけじゃないんだなと。

俗説かもしれませんが、毛鉤作りは下級武士の内職だったとか。
よく時代劇とかだと傘張りとか長屋でやってますけど。

三石:傘張りとかだけじゃなくて、金魚の交配したりとか、園芸種の菊を開発して育てたりとか、千駄ヶ谷で鈴虫生産したりとか、人しれず科学技術を発展させてたのが下級武士たち。貧乏はイノベーションを産みます。貧乏ってのは偉いもんですねえ。


食とはレシピだけではなく、食材の採り方、生態までもが変化してゆくのですね。鮎の社会もまた草食系になってゆくのは興味深いところです。
次回は、食を通じて皆の関心が高まった、江戸の人々の暮らしについて語ります。