2025.06.04

稲田俊輔「ミニマル料理」[私の食のおすすめ本]

  • 書名:ミニマル料理 最小限の材料で最大の美味しさを手に入れる現代のレシピ85
  • 著者:稲田俊輔
  • 発行所:柴田書店
  • 発行年:2023年

著者、稲田俊輔と言えば『エリックサウス』である。エリックサウスと言えば、南インド料理(カレー)である。

稲田俊輔は 京都大学を卒業後、 飲料メーカー勤務を経て起業。 多くの飲食店の立ち上げに携わり、2011年に東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店し「南インド料理」および「スパイスカレー」を一気にメジャーにした人だ。

RIFFではこれまで稲田俊輔のカレー本は取り上げていないのだが、以前に自著『お客さん物語』を紹介している。これはひとりの客として、店を作るものとして、料理人として「お客とはどうあるべきか、どうあってほしいか、店は様々なお客さんとどう向き合えば良いか」を語った本だ。

そして今回取り上げた本もカレー本でもスパイスでもない「いかに少ない食材とシンプルな調理法でおいしい料理を作るか」という料理本で、スパイスマニアたちをスパイスの魔法から覚醒させ、スパイスなんか忘れなさいと言わんばかりに食の原点に立ち返らせ、普通の家庭料理がプロ並(?)に作れてしまうレシピ本である。

登場する料理は次のように分類されている。

「究極にミニマルな、ナスの醤油煮」「ミニマル麻婆豆腐」「学生ステーキ」「ミニマルポテトサラダ」「トマト卵炒め」「シチューとしか呼びようのないシチュー」「必要充分鍋」「東海林さだお」「ミニマルラーメン」「しっとりサラダチキンと鶏スープ」「30分チキン」「野菜のミニマル箸休め」「だけスパ」「野菜の蒸し煮」「タレ、ソース、ドレッシング」「ミニマル洋食 クラシック」

それぞれにベースとなる「基本形」が記載されており、それらの「展開」レシピが2〜4種ほど紹介されている。謳い文句のとおり、ここには全部で85の”最小限の材料で最大のおいしさを手に入れる現代のレシピ”が詰まっている。

著者、稲田俊輔はこの本を作る(または個人的な指向として)にあたって、「現代の日常的な外食と、それにひたすら接近せんとする中食や”便利な”家庭用調味料の味に、少々うんざりしていた」と言い「そのウンザリ感をバネにして、この数年間にわたり”料理はどこまでミニマルにできるか”というある種の実験を繰り返してきた」と本書で述べている。

例えば「なすの醤油煮」の基本形のページには
材料:
ナス(乱切り)300g
サラダ油 30g
濃口醤油 20g
水 150g
とあり「鍋にすべてを入れて蓋をして中火にかけ、ナスがしんなりするまでぐつぐつ煮る。蓋をとってさらに煮て、計量して中身が300gになったら完成」だ。

この〜中身が300gになったら〜ここが重要だ。著者は調理前に鍋の重さを計量しておくように指示をする。つまり数年間の実験とは、時間と食材がつくりだす最適のバランスを見出すことだったのだろう。これこそミニマル料理の基本形である。そして誰にでもできるのである。

著者はこのナスの醤油煮の基本形の最初の展開として、好みの薬味をたっぷり盛ってポン酢を少量かけるだけ、としている。さらに基本形の醤油をめんつゆに置き換えた「ナスのめんつゆ煮」やシシトウを合わせみりんや酒を加えた「小料理屋風」、さらに椎茸・にんにく・タカノツメを足してオイスターソースやゴマ油などを足して「なすと椎茸のオイスター醤油煮」などと展開する方法を教える。

著者は古い料理本を読むのが好きで「(掲載されている50年ほど前の料理を)実際につくったり、レシピから味を想像したりしていると、それは現代の家庭料理とは大きく異なっていることに気付かされます〜それらはおしなべてなかなか手間がかかる割に、案外素っ気ない味に仕上がる」と書いている。

しかし筆者は「その素っ気なさは好ましい」「そこには凛とした飽きない味がある」そこには「(日常的に利用する飲食店ではなく)高級店のシンプルで研ぎ澄まされた料理にも通ずるものがある」と語る。つまり「昔の人たちは、こんないいものを家で食べていたのか、という驚きがある」と語る。

ミニマルレシピが目指したものは「普通の食材と定番調味料(醤油、味噌、塩など)が実はこんなに美味しさを秘めていたのか!」という驚きと納得のある料理、だと言う。そして著者は勘や暗黙知に頼らない「レシピの再現性」に徹底的にこだわった。

一見、誰でも考えられそうに見えるのだが、この稲田俊輔による実験結果の基本形は貴重である。先に記載した分類の基本形を知ることで、そこから独自の展開をしても失敗することはほぼなくなるだろう。

筆者はよく「(料理をしてこなかった)老人は料理をしなさい」と言ってきたが、この本はそのきっかけとしても最良の教科書となるはず。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。