2026.10.13

三浦哲哉「自炊者になるための26週 」【私の食のオススメ本】

  • 書名:「自炊者になるための26週」
  • 著者:三浦哲哉
  • 発行所:朝日出版社
  • 発行年:2023年

[下線のある文字はは参考サイトなどへリンクしています]

これまでに三浦哲哉氏の著書を2冊紹介している。

「世の中には便利なサイトもあるが、料理本の著者の息遣いを感じる書物が好きだ」と、料理書というものに惹かれて自身の思想を語るエッセイと料理本という特殊な作家論を綴った『食べたくなる本』。

もう一つは、当時、大学の准教授であった著者が映画に関する研究のため、家族4人で住んだ2019年4月から2020年4月の1年、多様性だけではないディスカバー・アメリカン・フーズと言えるロサンゼルス滞在記『LAフード・ダイアリー』。

そして、専門である映画関係の著作以外で、2020年、2021年に続いて2023年に発表された食の本がこの「自炊者になるための26週」だ。

目標として、素材から始めて、おいしいひと皿がさっと作れるようになること。
1週に1章、その週の課題をクリアして、26週で、だれでも自炊者になれる、がコンセプトだ。

著者も書いているが本書は自炊の入門書であり、ここにあるのは「料理したくなる料理」のこと。レシピや調理技術のまえに。料理をしたくならなければ「自炊」は始まらないし、続かない。

著者は、まだ料理をすることに興味をもてないという人に本書を読んでほしいという。

自分は、昭和型の家族生活を経た独居老人が増え続けることを憂い、SNSに<老人は料理をしなさい>とハッシュタグをつけて自炊の一部を投稿している。例えば、ゴルフは楽しいからやってみなさいというのとは違って、食事は趣味ではなく必ず摂らなければならない。毎日必ずしなければならないことが苦痛ではしょうがない。だから、自分が料理をしなければならない立場になるまえに、料理を始めなさい、そして楽しめるようになっておきなさい、というハッシュタグである。

そう、料理をしてこなかった人、興味がなかった人に「料理をすれば」といってもその魅力は伝えることが難しい。そんな人にはこの本を一冊ずつ配りたいくらい。そう思わせる本だ。

本書は、文字にすると一般的なことであるように思える、買い物の仕方、調理の初歩、おいしい組み合わせ、即興、片付け、器選び、環境問題にいたる<自炊の重要ポイント>も網羅されている。

だが、そこがメインではない。

著者が大きな方針として打ち立て紐解いていく「風味の魅力」がこの本の中心だ。著者は、この「風味の魅力」こそが<私たちを動かし、料理したくさせる最大の動機(原文ママ)>という。

この文章を読んだ時、「あっ」という声を漏らしてしまった。そうかそうだよな、匂いは脳に命令するもんな「あれ食べたいって」。風味というのは味と一体になったものである。

このことについて料理家の高山なおみ氏は<”においを食べる” にしびれました。
学者と詩人、生活者と小学生のやわらかな心を併せ持つ新料理家、ここに誕生!>と書いている。

また、哲学者・國分功一郎氏は本書についてこう書いている。
<知識は楽しみを与えず、楽しみは知識を与えない。このような知識と楽しみの分離こそが哲学の前提であった。だからこそ、知識を楽しむこと(フィロ・ソフィア)としての哲学(フィロ・ソフィア)がありえたのだ。しかし、本書が示すのは、知識を与える楽しみであり、楽しみを与える知識に他ならない!知識と楽しみはこうして一体となる。
これは人間がもちうる賢さについての書物だ!>

本文はまず「トーストを焼くだけ」から始まる。「トーストを焼くときのポイントは、いい匂いのする熱々の湯気をパンに充満させること」とあり、さらに焼きたてパンにとって重要な湯気の存在が語られる。

アメリカに住んでいたことのある詩人の伊藤比呂美氏が『焼きたてのトーストから湯気が立つと言ってよろこぶのは日本人だけ』と書いていることがエピソードとして載っている。欧米の食文化において、トーストに最も求められるのは「カリカリ(Crispy/Crunchy)とした食感」で、湯気そのものをポジティブに強調して喜ぶ文化は、日本(またはアジア圏)特有の傾向らしい。

(ということは本書はタイトルの前に<日本人のための>とつけても良いかもしれない)

どんなに面白い本か、目次をたどってみても分かるのではないかと思ったので転載した。

目から鱗の書籍というものがここにあった。読みやすい、面白い、誰もが<料理をしたくなる>。
本書の最後にあるブックガイドほど料理をはじめる人に少しづつ買い揃えることをおすすめしたいリストはない。


「自炊者になるための26週」目次

序 料理したくなる料理

1 においの際立ち
おいしいトーストの焼き方/においの語源と「感覚順応」/バゲットを穏やかに加熱する/サワードゥを直火焼きする

2 においを食べる
米を炊く/人間の鼻もじつは犬並みにすごい説/味のちがいはにおいのちがい/ふるさとの米の風味さえも
――米を炊く(炊飯器の場合)/米を炊く(鍋の場合)

3 風味イメージ
みそ汁を作る/風味は映像である/風味の分類――①風味インデックス/②風味パターン/③風味シンボル/においはへだたった時間を映す/自炊者=エアベンダー
――だしの取り方/みそ汁

4 セブンにもサイゼリヤにもない風味
ここから自炊するという線引き/セブンイレブンのおいしさ/サイゼリヤのおいしさ/規格品にはない風味の個体差とゆらぎ/青菜のお浸しは海のさざなみのように
――青菜のおひたし/一期一会のトマト・パスタ

5 基礎調味料
感動>面倒/基礎調味料の風味がベースになる/基礎調味料は費用対効果が高い/ノイズキャンセリング力を発揮する/しょうゆ選び/塩選び

6 買い物
何を買うか決められない問題/目利きはするな/専門店の先生たちの見つけ方/あなたが素材を選ぶのではなく、素材があなたを選ぶ

7 蒸す
蒸しものの準備/皮付き野菜を蒸して香りを楽しむ/魚の蒸しもの
――いろいろ野菜の蒸籠蒸し/蒸し野菜のべっこう餡かけ/バーニャカウダ/ひき肉ソース/たちうおの清蒸

8 焼く
肉の焼き目のにおいはどうしてたまらないのか/グラデーションをつけて焼く/ステーキ肉を焼く/フッ素樹脂加工か鉄か/焼き方は人となりを映す/オムレツの焼き方/「ひとり料理の喜び」
――ステーキ

9 煮る
シンプルでおいしい野菜のポタージュ/水に風味とうまみを移す/スープの塩分濃度は0・6%から/野菜のかたちを残すポタージュ/含め煮――調味だしは20:1:1から
――野菜のポタージュ(攪拌する)/野菜のポタージュ(かたちを残す)/調味だし/含め煮/ふきの含め煮/おひたし(アスパラガス、ズッキーニなど)/菊の花のおひたし

10 揚げる、切る
家であえて揚げものをする理由/バットが三つありますか?/春巻き/麦いかのフリット/包丁の使い方にどう慣れるか/作業の進行を直感的にイメージできるようになる
――牡蠣フライ/牡蠣の春巻き/麦いかのフリット

11 動線と片付け
片付けの意義/台所のうつくしさ/プライムスペース/揃えるべきキッチンツール/キッチンは風味の通路

12 カイロモン
風味は誘惑の信号である/カイロモンは他種を誘惑するにおい/変化それ自体がよろこび/F感覚とC感覚
――おでん

13 日本酒
良質な食中酒は自炊を底上げする/アテ化によってシンプル料理が極上に/酒はパスポート/ベーシックな日本酒とは/先生を見つけ、入門用の酒を選ぶ/燗をつけてみる
――シンプルなアテいろいろ/お燗

14 ワイン
面倒ではないワイン/自炊のためのワイン保存システム/「自然な造りのワイン」とその歴史/インポーターで選ぶ/ワインの先生に学ぶ/ワインを買いにいきましょう

15 青魚
季節の魚の風味に触発されて/風味の喚起力は鮮度に比例する/あじといわしは最上の美味/キッチンに魚の通り道を作る/あじをさばいて食べる/青魚、絶対のふた品
――あじのさばき方/あじのなめろう/しめさば

16 白身魚など
中型魚をさばく/フライパンでポワレにする/魚を長く多面的に味わい尽くす/生のまま魚を熟成する
――平造り、そぎ造り/白身魚のポワレ、ムニエル/ブールブランソース/焦がしバター(ブールノワゼット)/サルサヴェルデ/こんぶ締め/干物/あらのスープ/あらのだし汁で作るパエリア/白身魚の熟成

17 1+1
魚一種に野菜一種の即興料理を作ってみる/生魚のカルパッチョ+野菜/風味のモンタージュ/焼き魚+野菜/魚と野菜のスープ仕立て
――あじのカルパッチョ、ルッコラ添え/いわしの直火焼き、茹でたじゃがいも添え/フィッシュ・ベジタブル・スープ/牡蠣とぎんなんのスープ

18 混ぜる
百獣ごはん/ワンプレート・ランチ/混ぜる料理の伝統的な型/サラダうどんとそばは格別においしい
――ちらし寿司/サラダうどん、そば

19 春夏の定番レシピ
歌い継がれ愛されてきた民謡のような名レシピ/春/夏/ノー・シーズンの定番
――あさりと豚肉のアレンテージョ風/生わかめとたけのこ/ふきのとうみそ/ラタトゥイユ/ガスパチョ/山形のだし/ピコデガヨ/生ハムとバターのバゲットサンド/干ししいたけとちりめんじゃこの炊き込みごはん

20 秋冬の定番レシピ
秋/冬/ノー・シーズンの定番
――きのこの当座煮/きのこのにんにく炒め/ほうとう鍋/バジルペースト/さんまのわたソース/ヤンソンの誘惑/かぶと牡蠣のグラタン/焼きかぶのサラダ、かぶのソース/筑前煮/じゃがいもセロリ/鶏肉とパプリカ

21 乾物
乾物の魅力/家に常備するものリスト/塩して熟成する
――鞍掛豆のサラダ/トルティーヤ/塩もみ、浅漬け、かぶ酢/塩豚

22 発酵
発酵保存食品を自作する意味/日々の献立ての基本
――白菜漬け/甘酒/かぶら寿司

23 うつわとスタイル
なぜスタイリングによって料理はよりおいしくなるのか/練習問題/「ねばならぬ」ではなく/うつわの質感/雑多を許容する

24 ファーム・トゥ・テーブルとギアチェンジ
ひとはいつから「素材を活かすべき」といい始めたのか/スローとファストのギアチェンジ/「群島としてある世界の肯定」/続・人間の鼻もじつは犬並みにすごい説/ハンバーガー
――ハンバーガー/クラフト・コーラ

25 索引と徴候
別の時空につながるにおい/索引がひらく過去、徴候が予感させる近未来/微分回路(徴候)と積分回路(索引)/風味の解像度とは/生活史を積分する/食の幸福

26 家事と環境
家事分担の不均衡/ふつうのすばらしさを再発見する/環境問題について
――赤飯

三浦哲哉(みうら・てつや)
青山学院大学文学部比較芸術学科教授。映画批評・研究、表象文化論。食についての執筆もおこなう。1976年福島県郡山市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程修了。著書に『サスペンス映画史』(みすず書房、2012年)『映画とは何か――フランス映画思想史』(筑摩選書、2014年)『『ハッピーアワー』論』(羽鳥書店、2018年)『食べたくなる本』(みすず書房、2019年)『LAフード・ダイアリー』(講談社、2021年)。共編著に『オーバー・ザ・シネマ――映画「超」討議』(フィルムアート社、2018年)。訳書に『ジム・ジャームッシュ・インタビューズ――映画監督ジム・ジャームッシュの歴史』(東邦出版、2006年)。

WRITER Joji Itaya

出版にたずさわることから社会に出て、映像も含めた電子メディア、ネットメディア、そして人が集まる店舗もそのひとつとして、さまざまなメディアに関わって来ました。しかしメディアというものは良いものも悪いものも伝達していきます。 そして「食」は最終系で人の原点のメディアだと思います。人と人の間に歴史を伝え、国境や民族を超えた部分を違いも含めて理解することができるのが「食」というメディアです。それは伝達手段であり、情報そのものです。誰かだけの利益のためにあってはいけない、誰もが正しく受け取り理解できなければならないものです。この壮大で終わることのない「食」という情報を実体験を通してどうやって伝えて行くか。新しい視点を持ったクリエーターたちを中心に丁寧にカタチにして行きたいと思います。